赤い追跡者(15)
――矢守結び
独特の結び目は、野江が襲撃された現場にも残されていた。
「なるほど、野江を襲撃した者と同じ者か。冬彦が無事であれば良いが……」
柴の言葉に、秋幸が目を見開いていた。野江を襲撃した者はと冬彦は戦った。冬彦が無事な保証はない。柴はそこまで言うと、秋幸の表情の変化に気付いたのは大きく微笑んだ。
「安心しろ。襲撃犯は依頼を実行できていないはずだ」
柴の言葉は確信を得ているようであった。揺るぎない大きさで断言しているのだから。
「なぜ、そんなことが言えるのですか?」
秋幸が柴に尋ね、柴は秋幸の頭を大きな手で軽く叩いた。
「遺体が無いだろ。襲撃犯の目的は依頼の実行。殺すように頼まれた者は連れ去っても、周囲の人間を連れ去ったりしない。連れ去るのは、利用価値があるからだ。冬彦が自らの意志で俺たちと距離を取っているのなら、きっと無事で敵の標的と逃げているのか、敗れて野江と共に捕えられたのか、俺には分からない。しかし、冬彦が無事だという事実に変わりはないだろう」
しかし、秋幸は反論した。
「本当にそうでしょうか?俺たちが、ここに向かう間に標的は殺され、捕えられた冬彦が殺されたという可能性もあるのではないですか?」
秋幸の声は強い。それは、秋幸が冬彦を思い、彼自身の立場から意見を述べている。秋幸は冬彦のために動いている。一歩も引かない。そんな秋幸に柴は微笑んだ。
「信じろ、義弟だろ。俺は冬彦と会っていないが、冬彦の才能は本物だ。その才能は強く、その才能は俺でさえ凌駕する。簡単に負けはしないさ」
柴は秋幸の頭から手を離し、大きく微笑んだ。その大きさは強さだ。
「さあ、追跡の開始だ」
柴が高らかに言った。
「追跡?一体どこに?」
悠真は柴に尋ねた。柴は大仰に頷いた。
「逃げ延びた標的はどこに隠れる?冬彦が一緒か?一緒でないか?俺たちに野江の居場所は分からない。敵は敵で身を潜め、次なる好機を探している。ならば、俺たちは敵の標的を探すべきだ。標的を探して、一緒にいれば必ず敵が襲撃してくる。その好機を逃すことは出来ないだろ。敵の標的はどこへ隠れる?森の中か?いや違う。きっと敵は人の中に隠れる。きっと、都にいる。野江は心配するな。あれでも数々の窮地を乗り越えてきた身だ。野江は野江で身を守るだろうよ。もし、冬彦が野江と一緒なら問題ない。野江は強い。――なあ、秋幸。男と女、どっちが強いと思う?」
唐突な柴の問いに秋幸だけでなく悠真も首をかしげ困惑した。
「昔、俺は男の方が強いと思っていた。腕力や身体能力は男の方が優れている。術士の世界では術の力が全てだが、実際は戦いの力が求められる。そして、民を統率する力だ。女は男に侮られる。そして、腕力に勝る男は、剣術で女より有利だ。俺は、そう思っていた。だが、俺は野江と出会ってその考えを一変させたのさ。野江と出会ったのは二十年前。野江は選別前に紅城に招かれた。野江は名家の御令嬢。それは、それは閉じ込めたくなるほど美しい子供だったさ」
柴は目を細めていた。その目は笑っていない。