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一色  作者: 相原ミヤ
火の国の夏に降る雪
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囚われの緋色(17)


 野江は呼んだが、何も聞こえない。

「兄様」

野江は頬に流れる冷たいものを感じて目を開いた。自分の声に驚いたともいえる。野江の左手を鶴巳が握っていた。暗い牢。野江は囚われの陽緋だ。右手は痺れている。しかし、嫌な痛みはなかった。布で縛られた右手、そして熱を持った頭部の痛みと、体の渇き。

「野江、しっかり」

鶴巳が野江を覗き込んだ。今の野江はさぞかし不恰好なことだろう。父が見たら、嘆くに違いない。頭には布が巻かれ、右手は三角巾と包帯で固定されている。

「鶴巳……」

野江は鶴巳を見て妙に安堵した。

「兄様に会ったような気がするの。あたくしと鶴巳が出会えたのも、兄様がいたからですものね」

鶴巳は優しく微笑んだ。

「若様は何と?」

野江は風の中で響いた兄の言葉を思い出した。

「紅と鶴巳と一緒に生きろと。変でしょう。まるで、兄様が命を落としたような感じなの。選別前に柴の手によって紅城に招かれてから二十年。兄様とは一度も会っていないのに」

野江はゆっくりと思い出した。あの部屋の中に囚われていた野江を迎えに来たのは、柴だった。柴が先代紅の名の下に、野江を迎えに来て、強引に連れだしたのだ。あの時の唖然とした父の顔が忘れられない。九年もの間、玉のように大切にしてきた娘が、連れ去られるのだから。きっと、父は野江に選別を受けさせなかっただろう。父の権力があれば、その程度のことは可能だ。

 柴が強引に連れだしてくれた。あの日が、術士としての野江の誕生だったのだ。そのことに最も喜んでくれるはずの兄と、一度も会えていない。それが、とても心残りだった。

 野江は陽緋だ。陽緋として戦う。陽緋として紅を守る。

「野江、野江はあっしが守りやす。若様と約束しやした」

野江は鶴巳の言葉を聞いて思い出した。先ほど、敵の男は言っていなかったか。鶴巳のことを「護衛」だと。

「鶴巳、もしかして、あなた……」

野江が言う前に鶴巳が言った。

「あっしは、術士の才覚に恵まれやせんでした。術士の才覚に見放された以上、あっしが野江を守ることなんて出来やせん。でも、義藤に習いやした」

野江は驚いた。鶴巳がそこまでするとは思えなかったのだ。鶴巳は使用人として野江の家にいたときから、他者との接触を恐れる傾向にあった。その鶴巳が自ら義藤に声をかけるとは思えなかったのだ。義藤は根の優しい人だ。努力を惜しまぬ天才に、声をかけるのは容易い。乞えば、いくらでも手助けをしてくれる。

「あっしと義藤は似ておりやす。あっしも義藤も、大切な人を守りたい。それは同じでございやす」

鶴巳はからくり師だ。その鶴巳の近くにいて、無骨さを感じるのは、単に鶴巳が男だというだけでないのだろう。鶴巳が一人知れず、努力をしていたのだ。

 野江も頑張らなくてはならない。野江は陽緋。もっとも、もっと強くなり、戦わなくてはならない。

「鶴巳、ここから逃げましょう」

野江は鶴巳に言った。この満身創痍の陽緋と、からくり師、そして足を痛めた白の術士で何が出来るのか。それは分からない。だが、動かなくてはならない。

 敵の狙いは白の色神。紅でない。しかし、野江は敵と戦う。それは白の色神を守るためでなく、紅のためだ。

「アグノ、あたくしたちの利害は一致しているわ。確かに、今は紅の命は狙われていない。でも、標的がいつ白の色神から紅に代わるか分からないの。大きな敵が紅を狙う前に、あたくしは戦うわ。それが、白の色神を守ることにつながるのなら、一石二鳥でしょ」

野江は体を起こした。眩暈はひどい。何が出来るのか、何をしなければならないのか、考えるのはこれからだ。


(兄様、あたくしは強くなりました。兄様、見ていてください)

野江は二十年前に別れたままの兄に、心の中で呼びかけた。


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