赤い夜の戦い(3)
倒れた灯りが木屑に燃え移り、赤く小さな火が燃えていた。悠真が辺りを見渡すと、義藤が刀を抜き赤い羽織を翻して夜闇へ向かって駆け出した。
赤い夜の戦いの火蓋は切って落とされた。
暗い空間で、義藤の赤い羽織だけが鮮やかで、義藤が刀を抜いた。迎え撃つのは代表と思わる男だ。義藤は火の国で最も優れた剣士である都南との手合わせで、その剣術の力を証明していた。もし、相手が悠真ならば一瞬で斬り伏せられるだろう。しかし、相手の男の腕も確かであった。義藤の持つ刀のきらめきを、黒い服を着た敵は受け止めたのだ。腕力も男の方があるのかもしれない。相手の腕力で義藤の身体が半歩後ろに下がり、散らかった床の瓦礫が音を立てた。腕力では義藤は男に勝てない。それを感じたのか義藤は身を回転させ、男の背後に回りこんだ。腕力では負けていても、状況判断力と、応用力は義藤の方が数段上であった。背後に回りこんだ義藤は男の背中に刃を向けた。が、義藤は刀を回転させ柄を向けたのだ。一瞬の思考。
――!
悠真は声を押し殺した。義藤の行動を見てはっきりしたことがあるとすれば、彼が優しい人だということだ。この状況で、義藤は男の命を奪わないような行動をしたのだ。男の背中を柄で殴り、昏倒させようとしたのだ。
悠真は剣術に精通した人間ではないが、分かることもある。刀を身近に感じる火の国であれば、誰しもが知っていること。
――己を殺そうと挑んでくる相手に、相手を殺さぬように勝つことは難しい。
それは昼に紅が義藤たちに話したことと似ている。命を捨てて挑んでくる相手は強い。それと似ている。敵は義藤を殺そうとし、義藤は敵を殺さずに捕らえようとしている。それはあまりに無謀なことだった。
義藤は優れた剣士だ。そして、敵の男も優れた剣士だ。その剣術の腕が、敵の男より義藤の方が上だとしても、死を覚悟して挑む男に勝てるほど大きな差ではない。それに、敵は男一人ではない。そして、これは昼のような紅の石の使用を禁止した戦いではなく、剣術に紅の石の力を加えて規則なしの殺し合いなのだ。
敵は男一人ではない。後の三人が戦いに加わる隙を探っていたのだ。青の石を使った優男は、仲間が負けるはずが無いと信じているのか少し後ろで傍観していた。黄の石を使った子供は戦いに加わりたいと、うずうずしているようだったが、青の石を使った優男が止めていた。四人の敵の中の唯一の女が、ひらりと刀を抜いたかと思うと瞬く間に義藤に向かって刀を振り下ろした。
悠真の中で色が光を持ち始めていた。女が義藤に刀を振り下ろしたのは、義藤が敵の男を殺さずに捕らえようと背後に回ったときだ。優れた剣士である義藤は戦いに加わった女の存在に気づき、すぐに身を翻した。最初に義藤と刃を交えていた男は姿勢を立て直し、義藤と間合いを取った。義藤も女に刀で押し勝つと二人と間合いを取った。
「殺さない戦いに勝ち目は無いよ。それで紅を守るつもり?」
女が義藤に警告した。彼らは上から義藤を見ている。彼らは一人でない。互いに互いを補い合い、そして一つの力を作り上げている。おそらく、悠真の村を破壊したきっかけとなる雨を降らせたのは優男と子供だ。上の二人は野江の侵入を阻んでいたに違いない。
「俺はあまり術に優れた者ではないが、それなりに鍛錬は積んできた。守護頭義藤を相手といえど、容易く負けはしない」
男は刀を構えた。義藤も刀を構え、答えた。
「俺は負けるわけにはいかない」
義藤の声は強かった。強い決意と信念が義藤にはあった。
三人は同時に駆け出した。敵の男と女は寸分乱れぬ動きで一つの意志で刀を振るっているようであった。それを迎える義藤も軽やかな動きと瞬時の判断能力に秀でて二人相手に遅れをとっていない。義藤の赤い羽織がはためき、倒れた灯りの炎が木屑を燃やす小さな灯りが、鮮やかに赤を照らしていた。刀と刀擦れあいで、小さな火花が散っていた。女が横に振りぬいた刀を義藤は屈んで交わし、男が振り下ろした刀を義藤は横に飛んで交わした。義藤も寸でのところで交わすから、赤い羽織が刀に斬られていた。一人と二人の戦いで互角であった。まるで、舞っているように、遊んでいるように、三人は刀を振りぬいていた。
「いい加減、遊ぶの止めろよ」
言ったのは、黄の石を使った子供だった。三人は間合いを取って動きを止めた。
「俺が加勢してやろうか?」
生意気に子供が言うと男は苦笑した。
「お前は外の術士を止めていろ」
言うと、義藤の相手をしていた男と女は色の石を取った。