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一色  作者: 相原ミヤ
火の国の夏に降る雪
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囚われの緋色(15)

 無音の空間。

(野江、ほら、こっちにおいで)

兄の声が響いた。野江には五人の兄がいるが、野江と最も年齢の近い兄。

(兄様)

野江は兄の姿を探した。気づけば、野江は幼い娘に戻っていた。陽緋であったのに、まるでそれは束の間の夢であったようだ。

(兄様)

野江は兄を探した。煌びやかな着物は父から野江への贈り物だ。暗かった世界は野江の部屋へと戻る。野江は立ち上がった。そして、兄の姿を探した。豪華な調度品は、美しく、なのに冷たい。

(野江)

再び声が響き、振り返るとそこには兄が立っていた。野江より十三年上の兄。野江と父は同じだが、母は違う。上四人の兄の母は、父の本妻。そして、五番目の兄の母は、父の使用人。その後、本妻が命を落とし、父は若い女と再婚をした。それが野江の母。

 野江にとって、兄は妾の息子、その兄だけだ。上の四人は、野江を何とも思っていない。野江が名家の嫁に行き、家の役にたつことを待ち望んでいるだけだ。野江は女だから、父の跡取りの座を争うこともない。火の国では、家業は男が継ぐものだ。都では新しい考えをする者もいるようだが、野江の家では古い慣習が根強く続いている。いずれにせよ、野江の存在価値は父のために、家のために嫁ぐこと。相手がどのような相手でも、野江より二十、三十と年上でも、野江は家のために有益であれば嫁ぐ。莫大な結納金と共に、家業の有益な取引のために。己の価値がそれだけしかないと、知ると不思議と悲しいものだ。幼い頃から知っているのに。

 その中で、野江と年の近い五番目の兄だけは違った。妾の子という彼の立場がそうさせたのか、幼い頃の野江には分からない。優しい兄だった。

(野江、なぜ泣いているんだい?)

兄が野江に尋ねた。不思議だ、野江の頬に涙が流れていた。

(兄様に会えたから)

野江は兄の胸に飛び込んだ。兄の質素な着物は、太陽と土と草の香りがした。箱入り娘の野江は、外に出たことが殆どない。兄の匂いは、自然の匂い。

(野江、すまない。兄は、家を追い出される。もう、兄は二十歳になった。父も兄には手を焼いている。上の兄たちは、兄のことを疎ましく思っているから。野江を連れていけなくて、すまない)

兄は泣いていた。そう、それは野江が七つの頃。野江は悲しみと絶望に叩き落とされた。野江の母は、野江を生んですぐに命を落とした。野江にとって、兄だけが頼れる人だった。強欲な父と違う。兄だけが、野江を自由にしようと画策してくれていた。その度に、兄の立場が追いつめられ、その度に兄がひどい仕打ちをされていることを知りながら、野江は兄に頼り切っていた。


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