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一色  作者: 相原ミヤ
火の国の夏に降る雪
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囚われの緋色(8)


 ここは薄暗い場所だった。野江はなぜここにいるのか分からなかった。ただ、敵に敗れたのだということは分かっている。

「鶴巳、一体何があったの?」

野江は鶴巳に尋ねた。野江の記憶は途中で途切れており、何があったのか分からない。鶴巳は野江が目覚める前に起きていたのだから、野江よりも多くの情報を持っているかもしれない。そう思ったのだ。

「分かりやせん。野江が敗れたのち、あっしは押さえつけられて、ここへ連れてこられやした。ただ、大人しくしていれば危害を加えない、とそういっておりやした」

鶴巳は言うと、辺りを見渡した。見ると、鶴巳のこめかみに赤い血が流れた後がある。

「鶴巳、怪我をしたの?」

野江は動く左手を伸ばして鶴巳の頬に触れた。右手は痺れて動かないから仕方ない。野江は鶴巳を守れなかったのだ。陽緋としての地位を得て、術士としての力を持ち、紅から質の良い紅の石を与えられているのに、野江は何も活かせなかったのだ。無為に負けて、そして守りたい人を傷つける。

「あっしより、野江の方が心配でございやす。あっしは、野江を守れやせんでした」

鶴巳の手がゆっくりと動き、野江の頬にかかった髪を払った。無骨な手は温かく、大きかった。野江はゆっくりと目を閉じた。こんな状況なのに、鶴巳が一緒にいるだけで安心できるのだ。野江は自分で思っている以上に肝が据わっているのだろう。

「夢を見たの」

目を閉じた世界で野江は口にした。鶴巳の息遣いが近くに感じられる。思い出すだけで恐ろしい悪夢も、鶴巳が一緒なら忘れられる。

「夢、でございやすか」

鶴巳が野江に尋ね、野江は続けた。

「そう、あたくしが幼い頃の夢よ。あの部屋の中で、あたくしは座っていたの。あの時と同じように、あたくしは何も思わず、何も感じず、ただ座っていたの。変よね、あたくしは未だに、あの頃の思い出に囚われているのね。今は、こんなに自由なのに……」

そこまで言って、野江は目を開いた。すると、野江の顔を覗き込む鶴巳の顔が近くにあった。

「あっしがおりやす。あっしが近くにおりやす」

そして鶴巳はゆっくりと息をすって続けた。

「野江が笑っていてくれなければ、あっしは若様に顔向けできやせん」

鶴巳は悲しそうな目をしている。鶴巳が口にするから、野江は思い出した。野江に、とても優しかった兄のことを思い出したのだ。

「若様はあっしを自由にしてくれやした。若様がいたから、あっしは野江と話すことが出来やした。若様がいたから、あっしは、自分の好きな道を歩くことができやした。あっしは、若様と約束しやした。大切な者は手放さないと」

野江の脳裏に浮かぶのは、兄の姿だ。野江には五人の兄がいる。その中で、最も野江に年齢が近い兄。本来の名を捨て鶴蔵として、野江の家で奉公していた鶴巳を人間として扱ったのが、その兄一人だけだったのだ。

「兄様には、あたくしも助けられたのよ。鶴巳だけじゃないわ」

とても優しい兄だった。兄がいなければ、野江は生きていけなかっただろう。兄がいなければ、きっと、曲がりくねった性格をしていただろう。術士として紅城に来た時点で、実家とは縁を切った状態の野江であるが、その兄とだけは連絡を取りたかった。しかし、それは叶わなかったのだ。術士になると、かつての繋がりを失うのか、先代の紅は野江が兄と連絡を取ることを禁じていた。そのまま、ずるずると野江は兄と連絡を取らずじまいなのだ。だから今、兄が何をしているのか、野江は知らない。実家のことは風の噂で耳にする。厚かましい上の兄たちは、歴代最強の陽緋となった野江と伝手を持とうと連絡をよこしてくる。しかし、優しい兄だけは、野江に連絡をよこさない。だから野江は、もう二十年ほど連絡をとっていないのだ。

「野江、あっしが野江を守りやす」

鶴巳は言った。その言葉がとてもうれしかった。


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