赤い夜の戦い(2)
紅の部屋の前の扉も破壊され、紅の部屋の畳が露になっていた。乱暴に廊下に進入してきたのは暗闇に溶け込むような黒い服をまとった四人組みだった。義藤はその前に立ちはだかった。
「なぜ、紅の命を狙うんですか?すぐに陽緋たちが来ます。無駄なことは止めてください」
義藤は刀を抜き、四人組に言った。優しい義藤は四人組の敵に無駄な攻撃をやめるように忠告しているのだ。すると、黒い服の敵の一人が言った。
「問題ない。我々は強い。――出来るな」
低く響く声は落ち着き払っていた。出来るな、という言葉は黒い服の敵の一人に向けられていた。
「問題ないよ」
答えた一人が青の石を取り出し使った。まるで、その力を義藤に見せ付けるかのようだった。青い光が輝いていたと思うと、辺りに水が溢れその水は人間の形をかたどった。使ったのは戦いなど無縁そうな優男。声が穏やかで争うことと縁遠いように思えた。悠真は義藤が話していたことを思い出した。佐久が青の石で水の人形を作り出し戦うと。優男は佐久の特技を真似たのだ。それがどれほどの脅威なのか、創造するに容易い。
最初に話した落ち着きのある声が言った。
「先の朱護頭の佐久の特技だと音に聞いた。出来るのは佐久だけかと思ったか?答えは否。こちらにも利はある。ただの隠れ術士とあなどるな。行け」
重厚な声が響いたかと思えば、水の人形は次々と階下へ走り出した。水の人形だから窓から飛び降りても問題ない。水が次々と敵になっていく。悠真は「先の朱護頭の佐久」という言葉に引っかかった。あの佐久が陽緋になれるとは思えなかった。
「まさか、それほどの使い手とはね」
義藤が苦笑していた。
「俺の人形は強いよ。たとえ、佐久であっても簡単には倒せない。それは現陽緋の野江であっても同じ。でも、あなたも強いでしょ。義藤。あなたは強い。あなたは強い。あなたと違って、俺は得意なだけ。石を器用に使うことがね。先の朱護頭佐久と同じ。色との相性が良いのかな」
それは青の石を使った男の声だった。穏やかな話し方は少しも悪人に思えなかった。
「俺にもやらせろよ」
言ったのは最も身体の小さな存在。おそらく、子供だ。悠真より少し年下の子供。子供は黄の石を取り出した。黄の石は土壌を豊かにする石だ。つまり、大地の石。その石が何の役に立つのか、悠真は分からなかった。
「あまり力を使いすぎないようにしなさい。こちらの本命は、隠れている紅なのだから」
女性の声が子供を制した。四人の敵は、長であろう男。青の石を使う優男。子供。そして女性。
「分かっているよ」
子供はふてくされたような仕草をしたが、そのまま黄の石を使った。すると、紅城の大地が生き物のように動き、紅城を覆い始めたのだ。悠真が始めて見る黄の石の力だ。大地を自在に操る力は黄の石が有しているが、このような使い方があるとは思えなかった。誰しもが一色を持っている。同時に、色との相性があるのだ。当然のようだが、火の国は赤との相性が良い民が多い。もちろん。義藤は赤との相性が良い。野江も赤との相性が良い。佐久は青や黄、燈と赤だけでない色との相性の良さを持っている。優男は佐久と同じだ。様々な色との相性の良さを持っているから、優男は佐久と同じように紅の石以外の石の力を大きく引き出すことができる。そして子供は、白との相性が良い。決して黄と色の相性が良いわけでないのに、強大な力を引き出すことが出来る。その潜在能力は計り知れない。色を操る力が大きいから、相性の良くない石の力を使えるのだ。優れた力で色を引き出しているのだ。もし、子供が白の石を専属で使う術士になれば、それは歴代最強の陽緋野江に匹敵する白の石の使い手になるはずだ。
「外にいる陽緋たちは入ってこれない」
子供の声に悠真は息を呑んだ。義藤はこれから、この四人を相手にするのだ。四人は才能溢れた隠れ術士だ。年長と思われる男と女の色の石を操る力は未知数だ。今、色の石を使わないことを思うと術士というより、都南のような剣士に近いのかもしれない。幸いなのは外で戦う紅や野江たちが、色の石を使う二人を引き付けてくれていることだ。二人は優れた術士であるが、子供が作り上げた土の壁の外で野江たちと戦うには、二人が集中して術を使い続ける必要がある。二人に義藤と戦う余裕は無い。油断して、野江たちがこの場に踏み込めば元も子もないからだ。義藤は外にいる野江たちを信じている。
「問題ない。一度に大きな力を使うことは野江たちも長けている。俺は紅を守り、少しの間時間を稼ぐだけだ。歴代最強の陽緋と、優れた朱将都南や佐久がいる。俺は、彼らを信じている」
義藤は少しも焦る様子を見せず落ち着き払っていた。その落ち着きが悠真に不安を与えた。強いが優しい義藤が消えてしまうような不安だ。