囚われの緋色(2)
(野江、あっしがおりやす)
声が野江の中で響いた。直後、野江の着物が変わっていた。動きやすい袴姿に、赤い羽織を纏っていた。野江は、高貴な赤を纏っていた。赤は高貴な色。しかし、野江は父が求める野江でなくなっていた。一体、己は何者なのか。なぜ、赤い羽織を纏っているのか、なぜ、赤を持っているのか。
――あたくしは……
野江は自らが何者であるのか考えた。野江は父の誇りだ。父の人形だ。家のために嫁ぐ。それが野江の存在意義だ。
(野江は私の術士だ)
少し低い女性の声。その声が野江を引き込み、野江を導く。どこかで聞いたことがあるような声だ。野江を安心させ、野江を奮い立たせ、野江の居場所を作り出す。
(野江、私に力を貸してくれないか?)
声は野江に呼びかける。野江に何が出来るというのだ。野江は部屋の中央に座って、じっと思考を巡らせる。野江は父の人形だ。美しくあるために存在する。下賤な世界と切り離され、ただ、ただ、閉ざされた部屋の中で高貴な存在を演じ続ける。人であってはならない。生き物臭さがあってはならない。怒りがあってはならない。他人を苛立たせてはならない。害をなしてはならない。野江は何もなさない。それが野江なのだ。
(あっしは野江を守りやす。あっしのお役目は、野江を守ることでございやす)
響く声。
(私のために傷つくな)
響く声。
野江は赤い羽織を見た。絹で織られた赤い羽織は、とても高価なのに、動きやすい。
――赤い。
――赤い。
――赤い。
野江の心に赤い色が花開く。なぜ、己が赤を纏うのか。なぜ、赤を羽織るのか。
(野江、戻ってこい。野江がいなくては、私を叱る者がいなくなるだろ)
響く声。
(野江、私は信じている。いかなる敵が現れようと、どれほどの窮地に立たされようと、私の陽緋は、私の歴代最強の陽緋は、必ず困難に打ち勝って戻ってくると)
響く声。
(私は信じている)
響く声。
(あっしは野江に近くにおりやす。何があろうと、野江を守りやす。野江を泣かせる奴は許しやせん)
響く声。