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一色  作者: 相原ミヤ
火の国の夏に降る雪
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囚われの緋色(1)

 野江は広く煌びやかな部屋の中央に座っていた。豪華な調度品が飾られ、高価な壺や掛け軸が飾られている。緑の畳は張り替えたかのように美しく、塵一つ存在しない。その部屋の中央で、野江は何も考えずに座っている。座る自らの膝を見れば、纏う着物が分かる。その着物を見て、膝に触れれば金の刺繍が立体的に縫われている。

 高価な着物だ。膝に触れた野江の手は、色が白く傷や皺ひとつない。きれいに手入れされた爪は輝きを放つ。目を上げた帯は、職人が丹精込めて作り上げた帯だ。野江は豪華な着物を見て、何かを思った。しかし、何も思い出せなかった。野江は何を思う必要もない。


(野江は何も考えなくていい。ただ、美しくあればいい)


そんな父の言葉が野江の脳裏に響いた。そう、野江は何を思う必要もない。ただ、美しさを求め、何も思わぬ人形であれば良いのだ。


 野江は一つ息をすった。建物の中の空気は、どこか淀んでいる。野江は部屋の中を見渡したりしない。視線を動かして辺りを探ることははしたないこと。だから野江はまっすぐに前を見続けた。閉じられた障子の先に何があるのか、野江は知らない。ここは閉じられた空間で、野江は籠の中の鳥なのだから。


(野江、小出の小父さんが野江を嫁に欲しいと言ってきた。結納金を値切ろうとするから、追い返してやった。そうすると、惜しげもなく金を積みよった。他にも、多くの者が野江を嫁に求めておる。金が積まれる。お前の価値は、さらに上がるぞ)


父は笑いながら野江に言った。小出の小父さんは、野江よりも三十以上年上だ。野江を求める者が金を積む。父はそれを求めている。


(何も考えなくていい)


野江は言われた。野江は人形なのだと。ただ、美しくあるためにいれば良いのだと。それが野江の存在意義なのだと。


 諦めていた。

 諦めていた。


 野江は諦めていた。この家に生まれたからこそ、食べるに困らない。寒さも飢えもない。生きていける。体は生きていける。それだけで、感謝しなくてはならない。


 なのに、心のどこかで野江は求めていた。閉じられた障子が開くことを、野江は求めていた。外の風を、外の空気を。


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