白の逃亡者(13)
冬彦は、ソルトのことを白の色神だとは言わなかった。ただ、隠れ術士に命を狙われている異人だと言った。吉枝は何も言わず、じっと冬彦の話を聞いていた。だから、冬彦は淡々と続けた。
「今、いろいろあって、俺は紅の下の術士をしているから分かるんだ。ソルトの命を狙っているのは赤の術士じゃない。かつての俺のような、隠れ術士の可能性が高い。だから、厄介なんだ」
冬彦が伝えると、吉枝は小さく笑った。
「冬彦は、術士の才覚を持っていたんだね。遠い人になってしまった。――でも、なぜ紅様に助けを乞わない?」
吉枝はそう尋ねると、首を横に振って続けた。
「いや、気にせんでいい。何も聞かない約束だから。私の家においで。出来る限りの手助けをさせてもらうよ」
吉枝は、苦労の後のある顔で温かく微笑んだ。
ソルトは冬彦の背に背負われたまま、冬彦の背中に頬を当てていた。ソルトの異人であるという証、銀に近い白髪は布で隠された。
「ソルト、もう少し頑張ってくれな」
冬彦の声が、彼の背中を通じて振動として頬に伝わった。頑張るも何も、ソルトは何もしていない。ソルトの命を狙う敵から、ソルトを守り、逃げ続けているのは冬彦なのだ。だから、ソルトは何も言わなかった。何を言っても、冬彦の負担にしかならない。
ソルトは一国の色神だ。白をつかさどる白の色神。色の中でも強大な力を持つ色だ。命を操り、命の上に立つ存在。その白の色神が命を狙われ、地に落ちたのだから、笑い話にしかならない。もし、この地が雪の国であるならば、ソルトの命を狙う者があれば、民が盾となり守るだろうに。
ゆっくりと吉枝と冬彦は歩き始めた。小さな振動と揺れを感じながら、ソルトは目を閉じた。ソルトはひどく疲れていた。体が怠く、熱っぽい。熱が上がっているのか、体の節々が痛んだ。濡れた着物がソルトの体温を奪っているのだから、当然だ。
「寝てろよ」
冬彦の言葉が響いた。温かく、優しく、その言葉がソルトを眠りへと誘った。