白の逃亡者(12)
人影に隠れた年老いた女の後を追い、冬彦は足を進めた。人目を忍んだ時、冬彦は小さく年老いた女に言った。
「吉枝ばあちゃん、何も言わず、何も尋ねず、何も詮索せず、内密に助けて欲しいんだ。吉枝ばあちゃんに、迷惑をかけないようにするから」
冬彦が矢継ぎ早に口にした。ソルトは姿を隠したまま、二人の会話の流れに耳を傾けた。
「その背負っておる子に関係あるんじゃろ。何も、気にしなくていい。冬彦が私を頼ってくれるなんて、これほどまでに嬉しいことはないの。山の仲間に頼ることが出来ないことを、私に頼ってくれるのだから」
年老いた女は優しく言った。
「助けて欲しいんだ」
冬彦が言った時、ソルトの世界が明るくなった。冬彦がソルトの髪や顔、姿を隠していた布を取り払ったのだ。世界が明るくなり、ソルトはそっと顔を上げた。年老いた女は一度目を見開き、そして笑った。
「かわいい子だね。私に何が出来るのかい?」
吉枝という年老いた女は、まるで冬の空に見られる暖かな日差しのようであった。その言葉に反応したのか、ふと冬彦は押し黙り、そして続けた。
「俺、吉枝ばあちゃんに嘘ついた。思い切り、迷惑かけるかもしれない。危険な目に合わせるかもしれない」
すると、年老いた女は優しく笑った。
「迷惑結構。この、冥土に片足を入れたような年寄が、冬彦のような子供の役に立つのなら、それ以上の名誉なことはないね。この命、まだまだ、この世の役にたち、存在意義を見いだせるのだからね」