白の逃亡者(9)
「もし、生き残ることが出来たら、礼はしっかりとするわ」
そしてソルトは考えていることをソルトに言った。ソルトは誰も巻き込みたくない。その信念に基づいた考えだ。
「冬彦、私は赤の色神に助けを求めるつもりはないわ。私が助けを求めれば、赤の色神にも危険が及ぶのよ。敵の狙いは私一人。下手に助けを求めて、赤の色神に何かがあってはならないの。だから、冬彦。あなたの力で私を守ってちょうだい」
赤の色神を巻き込みたくない。しかし、ソルトは巻き込むのだ。赤の術士である冬彦を、平然と巻き込むのだ。冬彦のことを信頼しているのだから、仕方ない。色だけで、人を信じたのは、元来疑り深くて、他者を信じない医学院生まれのソルトにとって、初めてのことであった。
「守るよ、ソルト。俺がソルトを守る」
冬彦の持つ一色が白く、白く輝いた。
「ここにいても見つかる。どこかへ身を隠そう」
冬彦は言った。そして、ソルトの前に出て、まっすぐにソルトの目を見ると言った。
「俺はさっき、紅の石を使った。だから、紅に俺の居場所は伝わったに違いない。それに、この惨状だ。紅だって、騒ぎを感知する。紅は、ソルトと関係なく事態に首を突っ込んでくるよ。――でも、嬉しかった。ソルトが紅を巻き込まないようにしてくれて、俺は嬉しかった。俺は、確信したんだ。ソルトは敵じゃないって。ソルトは守るべき人だ。俺が守りたい紅に力を貸してくれる人。俺が守りたい紅に近い人。だから、俺はソルトを守る。俺の力で、俺一人で、ソルトを守って見せる」
冬彦は言うと、そっとソルトに手を出した。冬彦の目は強い。揺るがない強さがそこにあった。天性の才能に恵まれた、白の一色を持つ赤の術士だ。
「ソルトは軽いな。信じられないくらい軽い。俺でも背負ったり、抱えたりできるぐらいに」
言って冬彦はソルトを背負った。ソルトの背中はアグノの背中に比べて小さい。冬彦が白の術士だったら、とソルトは思った。
「頼むから、約束してくれないか。諦めないでくれ。さっきみたいに、生きることを諦めないでくれ。どんなに強い敵が現れても、どんな窮地に立たされても、諦めないでくれ」ソルトは冬彦がそのように言うことが信じられなかった。冬彦は赤の術士だから、ソルトを守る理由などないのだから。
「なんで、そんなこと言うの?」
ソルトは冬彦の背中の温もりを感じながら尋ねた。すると、冬彦は小さく照れたように笑って言った。
「だって、俺より小さな女の子が傷ついたり、辛い思いをしたり、泣いたりするなんて、俺は絶対に嫌だから」
冬彦の言葉はくすぐったい。ソルトはぼろ布で濡れた白に近い色をした髪を隠した。
「とりあえず、休める場所を探そう。濡れたままだったら、ソルトの体に障る」
冬彦は人混みに紛れるように、都の街道へと踏み出した。