白の逃亡者(7)
目が覚めると、ソルトは下町の建物と建物の間にいた。ソルトは冬彦に抱きしめられていた。
ここにいる。
生きている。
「アグノ」
ソルトは辺りを見渡した。いつも近くにいてくれるアグノ。その姿が見えなかった。
「アグノ……」
ソルトはアグノを呼んだ。なのに、アグノの返事はない。抱きしめてくれる腕は、アグノのように大きくない。アグノでない。
「ねえ、アグノは?アグノは?」
ソルトは冬彦にしがみついた。しかし、冬彦は何も言わない。何も言わず、ただ俯くだけだ。
「ねえ、冬彦」
ソルトが冬彦に迫ると、彼は小さく、吐き出すようにポツリ、ポツリと言った。
「俺にもっと力があれば……」
冬彦は言った。それで、現実は伝えられた。アグノはソルトたちを逃がすために残ったのだ。退路を保ち、そして……。
ソルトの目から自然と涙が零れた。アグノはソルトにとって大きな存在だ。彼を欠いて、ソルトは生きていけない。実験体として医学院で生きた苦しい日々。その日々の中、博士だったアグノはいつもソルトを助けてくれた。アグノの救いがなければ、ソルトは実験に耐えることが出来ず、命を落としていただろう。ソルトを救いすぎて、博士だったはずのアグノは、実験体へとランクを下げられてしまった。アグノはソルトの守護者だったのだ。
「どうする?」
冬彦が小さく言った。何を尋ねられたのか理解できず、ソルトは言葉を詰まらせた。
「俺一人で、ソルトを守り切れるか分からない。紅に助けを求めるのも一つの道だ」
冬彦が何を言いたいのか、ソルトは理解できた。ソルトの命が狙われているのは明白だ。このままでは、ソルトは殺されるのを待つだけだ。異国の火の国ということが、事態を複雑にしている。もし、雪の国であれば、ソルトに絶対的な信仰を抱く民がソルトを守るだろう。彼らは、色神がかつては普通の人間だと知らないのだから。――だが、ここは火の国。ソルトを守る者はいない。ただ、殺されるのを待つだけだ。