白の逃亡者(1)
ソルトは冬彦とアグノと一緒に宿に籠っていた。畳の生活も、火の国の食事も、ソルトは大分、慣れていた。半ば脅しのように連れてきた冬彦も、ソルトから逃げようとする素振りを見せなかった。ソルトが欲した冬彦が、何を思ってここにいるのか分からなかった。
冬彦は自らの意志で紫の石をソルトに渡した。これは、冬彦が紅とつながっている石だ。石を通じて、何度か紅からコンタクトがあったが、冬彦はそれに応えようとしなかった。ソルトはその石をアグノに渡した。アグノは言葉を通訳している石を着物に縫い付け、紅とつながる石を首からかけた。異国に踏み入れたソルトにとって、言葉を通訳する紫の石は欠かすことが出来ない。白の色神であるソルトは、決して紫と相性が良いわけではない。それでも、紫の石を使うことが出来るのは、紫の石で言葉を通訳することがそれほど難儀でないからだ。紅のように、言葉を飛ばして半身の石とつながる方が難しい。
「冬彦」
宿の一室、畳の上の座布団に座ったソルトが名を呼ぶと、冬彦は当然のように答える。冬彦の持つ白い一色は、ソルトを安心させた。
「どうした?」
冬彦は何事も無いように答えた。
「いえ、なんでもないの」
ソルトが言うと、冬彦は困惑したように首をかしげた。離れたところで笑っているのは、アグノだった。小さく、クスクスとアグノは笑っていた。
「アグノ、何笑っているの?」
ソルトが言うと、アグノは更に笑った。
「ソルト、私はあなたが火の国に足を運んだことは正解だったと思っています。ソルトの悲しみに深い目を、苦悩の目を、私は見たくありませんから」
アグノはすべてを見透かしている。ソルトはアグノに一言も言っていない。なのにアグノはすべてを見透かしているのだ。