赤い影への憧れ(19)
表に出ると、柴は杭から舞風の手綱を外すと背に飛び乗った。そして、悠真の手を差し出した。
「急ぐから、悠真はこちらへ来い。舞風の方が力が強いから、二人乗りには適している。俺を乗せて、悠真を乗せても駆けることが出来る」
抗えない空気があり、悠真は柴の手を取った。すると、信じられない力で悠真は上に引き上げられたのだ。大きな柴の手と比べると、悠真の手は子供のようなものだ。腕一つの力で引き上げられた悠真は、柴の後ろに乗った。柴の馬「舞風」は、義藤の馬「絹姫」よりも大きい。背が高く感じる。
秋幸もひらりとした動作で絹姫の背に乗った。
「行くぞ、秋幸」
柴は舞風の腹を強く蹴った。すると、一動作で舞風は駆け出した。歩くときとは揺れが違う。
「遠慮なく、しっかりと掴まっていろ。少々、急ぐぞ。秋幸、絹姫の力を信じて着いてこい」
言って、柴はもう一度舞風の腹を蹴った。すると、舞風はさらに速く駆けはじめた。振り落とされそうな悠真は、ただ、ただ、柴にしがみついた。
二頭の馬は駆け抜けた。道を駆け抜け、都の横の深い森へと入っていく。森は深く、道はない。道なき道を、二頭の馬は駆け抜けた。小川の横、悠真は見覚えがあった。道に迷うため、人の近寄らぬ場所だ。薬師が隠れていた森、赤影が隠れていた森、それが、都の隣のこの森だ。都の横なのに、一向に開発が進まない深い森。大きな力で守られているような森だ。その一角で、柴は舞風を止めた。
雨は降っていないのに、そこは異様にぬかるんでいた。森の草が水を吸い込めず、水溜りとなっていた。水の正体はすぐに分かった。水の流れる先に目を向けると、水の渦があり、渦の中心にイザベラがもがいていた。水の牢獄に閉じ込められたイザベラは、脱出しようともがき、それも適わずただ暴れていた。間違いなく、イザベラを閉じ込めているのは青の石の力だ。術士が、イザベラを捕えるほどの力を持つ術士がいるのだ。たとえ、弱っているとはいえ、イザベラは黒の色神の使う力。その力を押さえるほどの力を持つ術士がいるのだ。