赤い影への憧れ(18)
自らの変化は悠真も気づいている。悠真はかつての悠真でない。それは、村が滅びたからなのか、悠真が無色を手にしたからなのか、赤の術士と出会ったからなのか、紅と出会ったからなのか、何が理由なのか分からない。だが、悠真が周囲を見て、何かを判断しているのは事実なのだ。こんなこと、以前はしていなかった。
「もう少し、もう何年か、最前線は俺たちに任せてくれ。俺たちと、野江たちに任せてくれ。俺はかつて、先代紅の時代に野江たちに言った。同じ台詞を言った。今は、お前たちに言おう。新世代、新しい力であるお前たちにな」
柴は大人だ。悠真は改めてそれを感じた。どうやら、それは秋幸も同じようで、秋幸は心痛な面持ちで俯いていた。
「悲鳴が……」
ふと、秋幸が口にした。そして、秋幸と柴が同時に立ち上がった。二人が一寸の狂いもなく立ち上がると、畳がぎしりと音を立てて軋んだ。
「何があった、紅」
低く柴が口にした。
紫の石だ。悠真は思った。紫の石を通じて、柴と秋幸に何かが伝わった。
「何があったんだ?」
悠真は二人に尋ねた。しかし、二人は何も言わず一点を見つめている。音に、声に集中しているのだ。
「何があった、紅」
柴が低く言った。
「こっちへ教えろ、紅」
さらに柴は言った。
「落ち着け、落ち着け紅。何があった」
柴の大きな声にも焦りがある。不完全な情報が、柴を焦らせているのだ。
「分かった、一度、そちらへ帰る」
柴は言った直後、柴の言葉は変った。次から、秋幸に言葉は届いていないらしい。秋幸も状況を把握しようと柴を見つめ、柴の言動に注目していた。
「黒の色神、何があった?」
柴はそして、押し黙った。再び口を開いた時、柴の目には炎が宿っているようであった。そして、しばらく押し黙った柴は口にした。
「分かった、二人を紅城へ返そう。あとは、俺一人で動く」
何かがあった。それは確かなことだ。なのに、何が起こったのか分からない。紅の身に何かがあったのか、別の何かがあったのか、分からない。しかし、異変は紅城の中で起こったのではないのだろう。紅城の外で何かが起こった。それは、柴が動かなくてはならないほどの窮地。だから、柴は付属品の秋幸と悠真を紅城へ返そうとするのだ。
「はあ?黒の色神、何を言っているんだ?二人はまだ前線に出すべき存在じゃない」
柴の声が少しずつ強くなっていく。
「分かっていないのはそちらだ。野江は火の国一の実力者だぞ。都南と連絡が取れない今、俺しか動ける者はいない。野江を打ち砕く相手だ。危険な目に、二人を合わせることは出来ない」
柴の苛立ちはさらに強くなる。
「ああ、そうだな。それは黒の色神の言うとおりだ。敵の狙いは分からない。――ならば、俺も一緒に帰る。紅城が安全でないのなら、俺は紅を守るために戦う。野江も分かってくれるさ。俺たちは赤の術士。紅のために戦う」
状況が困惑していることは明らかだ。
「どこにいても同じこと。それは、軍師であったという、黒の色神の言葉ならば真実であろう。黒の色神が戦乱の宵の国を統一したということも知っている。このままでは埒が明かないのも事実。ならば、ここは黒の色神の指示に従おう。だが、こちらの要求もある。動ける赤影、赤山、赤星、赤菊を紅の護衛に。春市、千夏を一時的に義藤の配属にし、朱護として紅を守るようにするんだ。黒の色神もそうであろうが、紅だって本調子じゃない。紅自身、優れた術士であり、剣士であるが今の紅がどこまで己の身を守れるか分からない。残っている義藤だって、どこまで普段の力を発揮することができるか分からない。それだけは忘れないでくれ。黒の色神、あんたも紅と一緒にいろ。そうすれば、赤の術士が紅と遺書にあんたを守るさ。――それで、俺はどこへ行く。分かった。そこでイザベラと合流しよう。そうすれば、イザベラを通じて、黒の色神と連絡が取れる。そういうことだな」
柴はそこまで言うと、深く息を吐いた。そして、大きく息を吸い込んだ。
「状況が変わった。悠真、秋幸、行くぞ。少々厄介なことだ。二人は、己の身を守ることに専念しろ」
柴が先へ進もうと踏み出したとき、障子が開き、役人村瀬が戻ってきた。
「柴殿、どちらへ?」
柴は低く言った。
「火急な用事だ。少し出かける。浅間五郎は見つかったか?」
柴が尋ねると、村瀬は言った。
「いえ、少々時間がかかりそうだと伝えに来たのですが」
「ならば、俺たちがいない間に調べておいてくれ」
柴は慌ただしく言うと、先へ進んだ。