赤い影への憧れ(15)
年老いた役人は、ふと、柴を見て、そして目を見開いた。
「柴殿」
柴は待っていたように、笑った。
「久しぶりだな、村瀬殿」
柴はげらげらと笑った。
「皆が、迷惑しますので奥へどうぞ」
村瀬という役人は、ゆっくりとした動作で柴を奥へと導いた。
導かれたのは、畳のある小部屋だった。役所にこのような場所があるとは、悠真は知らなかった。
「ここは、上客をもてなす場所でございます」
村瀬が言うと、柴は笑った。
「ならば、俺は上客ということか?」
「上客では、ございませんね。ですが、先の紅の時代、陽緋と朱将を兼ねた存在であるということは事実でしょう。その柴殿が、あのような行動をなさるとは思いませんでした」
案内された部屋に入り、柴は畳にどっかりと座った。その前に向き合うように、村瀬は座った。そして秋幸と悠真は柴の後ろに座った。
「迷惑かけて悪かった。だが、俺の存在はもう忘れられているからな。こんな場所に赤い羽織を着てくるわけにはいかないだろ。そもそも、俺は野江のように目立つ陽緋じゃなかったからな」
柴は胡坐で座り、肩ひじを膝の上に乗せていた。堂々たる姿勢だ。
「分かっていたのでしょう?この役所に私が勤めていることを」
村瀬は苦笑していた。
「分かっていたさ。あんたは、定年まで勤めるだろうからな。そして、あんたのことだ。それなりの地位にのし上がっているだろ」
村瀬は苦笑をさらに深めた。しかし、迷惑しているという印象ではない。
「のし上がるという表現には、語弊があるように思いますがね」
村瀬は言うと、姿勢を正した。
「それで、柴殿がここへ足を運ぶということは、何かあったのですか?」
柴は、うむ、と頷いた。
「浅間五郎という人を探している。二十年ほど前に命を落とした男だ。その男の素性を知りたい」
言って柴は源三が作った書類を出した。
「源三は官吏だ。源三は官吏だから、役に立つだろ。これで体裁を保ち、何とか調べてほしい」
広げた書類には、難しい文言が並んでいた。
「術士の柴殿が、官吏の書類を持つ。それも、ある程度の地位ある官吏の書類を持つとは、私の知らないところで紅城と官吏の間に何かがあったのでしょう。私は、ただの人間ですから、術士の世界のことは分かりかねます。それでも、柴殿のことは信じております。――分かりました、調べましょう」
村瀬は深く頭を下げた。
「これは、役所の規定に反する行為です。少々時間を要しますので、ここでお待ちください」
村瀬は言い残すと、その場を去った。