赤い影への憧れ(14)
役所の中は人で混み合っていた。人の流れの中でも、柴は頭一つ抜け出ている。役所の看板の下に「戸籍証明」という札がかけられていて、柴はそこへと向かっていった。
「悪いが、浅間五郎という人を調べてもらいたい」
唐突に言った、柴の言葉に中年の役人は困惑していた。
「二十年ほど前に命を落とした男の名だ」
柴は言ったが、中年の役人は聞こえないふりをしているようであった。あからさまに、「さわらぬ神に祟りなし」状態だ。
「見ず知らずの者のために、調べることは出来ません」
中年の男は一つ答えて、再び書類に目を落とした。
「これは、紅様からの指令だ。悪いが、責任者を出してくれるか?」
柴は言うが、中年の役人は無視した。それは、役人として当然の判断だ。このような酔狂な者にいちいち取り合ってはいられないはずだ。すると、柴は突然大きな声を出した。
「聞こえますか!」
普段から大きな声の柴が、信じられないほど大きな声を出した。人で混み合った役所が静まり変えるほどだ。
「大きな声はご遠慮ください」
中年の役人が小声で柴に言った。
「いや、あなたの耳が遠いのかと思いましてね!」
柴の声は一層大きくなった。何かの騒ぎが起きたのかと思い、役人たちが裏でざわめき始めた。
「頼んでいること、聞いてもらえますか!」
半ば恐喝のような問いただしだ。人の視線が一斉に柴に集まる。それでも柴は動じない。動じないからこそ、柴の迫力が増すのだ。このような暴挙にでる男が、先代の紅を支えた実力者だとは、誰も思わないだろう。柴の大きさに惹かれていた悠真でさえ、驚くほどだ。秋幸は顔面蒼白で動きを固めている。
「あの!」
再度、柴が大きな声を出したとき、役所の奥から年老いた男が姿を見せた。どうやら、役所の管理人らしい。中年の役人を後ろへ下げると、柴の前に立った。難事に対し、上司がとり替わるのだ。