赤と異色(2)
火の国は平和だ。閉ざされた島国であり、他国からの侵略や領土争いあまりない。けれども、紅の石の力を他国が狙っているのは事実。火の国の平和は危うい均衡の上で成り立っている。他国から色の石を手に入れるのも、紅の石との交換が主になる。色の石は高い金のようなものだからだ。それは資源を手に入れるの同じだ。しかし、紅の石を他国に流失し続ければ、皮肉にも他国が手にした紅の石の力によって火の国が滅ぼされてしまうかもしれない。
この平和は危ういものだ。火の国が異国の所有物となった時、悠真たちの生活はどのように変化するのだろうか。今のままがいい。紅たちは、国内の官府と対峙すると同時に、異国への警戒を続けているのだ。赤い色と火の国を守るために。
「愚かな官府は火の国を特別な国だと信じ、紅の石は最強の力を持った石だと思い込んでいるが、現実は違う。全ては石の使い方なんだ。どのように色の力を引き出すのか、どのように使うのか、それは政治家の力量であり、術士の才に左右される。紅の石は強大な力を持つが、その使い方は難しい。いわば諸刃のだ。紅の石はうまく加工しなければすぐに色を失う弱き石。紅の石はからくりを使わなければ、使用方法が限られる道の少なき石。強い力を持つとしながら時に異色に敗れる。例えば、佐久は青の石を使い水人形を作り出し自在に操り兵隊とする力を持っている。斬っても、倒れても、すぐに修復する水人形は恐ろしい敵だ。燈の石を使う力に長ければ、獣を使って自らの軍隊を作れる。獣は人間よりも身体能力が高く、環境の変化に強い。それは、それで最強の軍隊さ。色の使い方は様々で、どのように色の力を引き出すのか術士の力で決まる。使い方を間違ったいけない。俺たちは、色の中で生きているのだから」
紅の石の脆さについては、赤も口にしていた。そのことに、一般人は気づかないの義藤は気づいている。色の力は脅威であり、脆さであり、最も優れた色は存在しない。義藤はそのことを知っている。
色は覇権を取り合う。そのために人間を利用しているに過ぎないのだ。悠真はそんなことを思った。赤は赤色を頂点に立たせるために全力を尽くし、異色は己の色を頂点に立たせるために全力を尽くす。国が覇権を争うように、色も覇権を争っている。人と同じように他者を蹴落とし、頂点に立とうとする。色も人も本質は同じなのだ。なぜなら、全ての人は己の一色を持っているから。
「どの色が一番美しいかなんて、そんなこと決められないというのにな。そもそも、色の力を戦いに使おうと考えている時点で間違っているというのに」
義藤は笑っていた。異色と異国の存在。火の国は狙われている。
「ねえ、火の国は狙われているの?赤は他の色から狙われているの?」
悠真が身を乗り出して義藤に尋ねると、彼は微笑んだ。
「それが人の世の常だ。だから俺たちは戦い続けるんだ」
悠真が夢見る異国。それはどのような色に守られているのだろうか。
「火の国を一番狙っている国は?」
そんなこと聞いても何にもならないのに、悠真は義藤に尋ねていた。それはただの興味であった。
「一番、というのは付けにくいが、脅威なのは雪の国と宵の国だ。二国から攻められれば、火の国は間違いなく負ける。他国の支配下に置かれた火の国の状況なんて想像するに容易い」
悠真はさらに身を乗り出した。
「どうなるの?」
義藤は低く答えた。
「紅が死ぬことになる」
「え?」
悠真には話の意味が分からなかった。
「紅の石は脅威だ。火の国が他国から侵略された場合、残された道は唯一つ。囚われた紅が死ぬことだ。そうすれば、新しい紅が選ばれ、新しい紅を軸に戦うことが出来る」
それはとても恐ろしい話であり、同時に義藤が言うと現実味を帯びていた。不安になった悠真の背を義藤が叩いた。
「大丈夫。そんなことには絶対させない。そのために俺たちはいるんだ。大丈夫」
異色はとても恐ろしい。争いは火の国の中だけでない。紅と赤の仲間たちは異国と異色にも目を向けているのだ。
赤は美しい色だ。強く、残酷な色。火の国は赤に守られている。しかし、気になるのはなぜ「赤」がこの島国を選んだのかということだ。火の国は偏狭の島国。気候は穏やかで、自然は美しい。しかし、土地の面積は小さく資源もない。なぜ、赤は色神紅を火の国に誕生させたのか。色の世界のことを悠真は知らないが、色が色神を選び色の力を与える。赤が紅を選んだようにだ。ならば赤は他国の人間に力を与えることさえ出来るはずだ。赤はなぜ火の国を選んだのだろうか。赤が力のある色ならば、それは不自然なこと。白は北の大国。黒は西の大国。なぜ、白や黒が狙う赤は小さな島国なのだろうか。悠真は思考をめぐらせた。
第一、色神が土地を選ぶということは間違っているかもしれない。白は雪の国を手にし戦争によって他国を吸収し拡大したのかもしれない。黒は、黒の石を使って他国を侵略し宵の国を拡大したのかもしれない。ならば、なぜ赤は他国を侵略しようとしなかったのだろうか。他国との戦争に反対した先代紅を守ろうとしたのか。悠真は色の世界のことが分からずにいた。
思うと同時に、赤が計り知れない存在に思えるのだ。