赤い影への憧れ(8)
悠真は馬に対して、からっきし興味がない。そもそも、馬に乗れないのだから仕方ない。その中で馬の美しさは知っている。厩番によって洗い場に出された二頭の馬は、まるで対象的な存在であった。
一頭は、漆黒の闇のような馬であった。もう一頭は、雪のように白い馬であった。どちらも美しい毛並と深い色の目が印象的であった。黒い馬は、白い馬より一回り以上大きく見えた。だが、どちらも発達した筋肉を持っているのは事実であった。絹姫とは、名に相応しい馬であった。黒い馬は、柴の姿を見ると鼻を鳴らした。
「舞風、団子屋に取り残して悪かったな」
柴は慣れた手つきで黒い馬の頬を撫でた。そして、白い馬を見て笑った。
「義藤に似て几帳面そうな顔をしてやがる。秋幸、絹姫は義藤の馬だ。美しき女性だから、大切に扱え。――だが、絹姫は有能だ」
悠真の横に立っていた秋幸が、弾むような足取りで白い馬に近づき首に触れた。秋幸も馬に慣れている。すると、柴は笑った。
「秋幸、お前、馬は好きか?」
げらげらと品なく、大きな声で笑った柴は急に真面目な顔をして言った。
「異国では、馬に乗らない国もあるらしい。特に、機械の発展した国ではな。だが、我が火の国では馬は相棒だ。特に、俺たち戦いを余儀なくされる術士にとって、馬は貴重な機動力だ。だから有能な馬は、大切にされる。それぞれに性格がある。俺の舞風、野江の浮雲、義藤の絹姫、都南の夜風とな。俺の舞風は力強い馬だ。長距離を走らせれば、右に並ぶ者はいない。度胸があり、馬本来の臆病な性癖をあまり持っていない。逆に、浮雲は賢い馬だ。大人しくて従順で、悪路にも動じない。だが、野江自身気づいていないが、野江以外をあまり好んでいない。基本的に、人嫌いなんだよ。都南の夜風は、舞風の弟だ。舞風より少し小さいが、跳躍に優れている。方向転換も得意で、機動力に長けている。そして、義藤の絹姫。見ろ、この気位の高い彼女を。誰が乗っても同じように力を発揮してくれる。俺が乗ろうが、義藤が乗ろうが関係ない。賢い馬だ。きっと、義藤以外の指示を聞いていないんだろ。それ以外は、こいつの判断で動いているに過ぎない。頑固者だよ。義藤と同じ。読めない馬だが、だからこそ使いやすい。、絹姫の好きにさせればいいんだ。小柄だが、力のある馬だ。速さに長ける。秋幸が使うには、一番だ」
悠真は舞風と絹姫を見た。どちらも、柴や義藤と似ているように思えた。これが、柴が相棒と称する理由の一つかもしれない。野江の浮雲も、どこかで野江と似ている。きっと、都南の夜風も都南と似ているに違いない。