赤い影への憧れ(7)
「馬を借りにきた。舞風の奴はいるんだろ?」
柴が尋ねると、中年の厩番は深く頭を下げた。
「良かった、団子屋に残したままだったから、心配していたからな。あと、一頭、貸してもらいたい。出来れば、走れる馬を貸してくれ」
中年の厩番は、厩を覗きこんだ。
「先に、陽緋殿が出立されました」
柴は腕を組んで一つ息をついた。
「野江だから、浮雲を連れて行っただろ。浮雲は有能だが扱いにくい。乗り手の癖があるからな」
すると、厩番は困惑したように、厩を覗き込んだ。
「あと、朝霧が一緒にいなくなりました」
すると、突如、柴がげらげらと笑った。
「朝霧がな。ということは、野江にも同行者がいるということだ」
すると、厩番は深く頭を下げたまま言った。その声は不安に満ちていた。
「しかし、朝霧は頑固な馬でございます。我々も必要以外は乗りません」
朝霧とは馬のことに違いない。その一頭の馬に対し、柴も厩番も特別な思いを抱いているようであった。
「朝霧のことは心配するな。朝霧に乗れる者も存在する。大体の想像はつく」
柴はゆっくりと大きく歩き、厩番の肩を叩いた。
「絹姫が残っているだろ。絹姫を借りよう」
厩番は戸惑いを深めていた。
「しかし、義藤殿が出立される際に」
厩番の言葉を柴は割って止めた。
「だからだ。今、義藤を動かすわけにはいかない。あの頑固者だから、絹姫がいようがいまいが動くときは動くだろうが、俺が義藤を動かさまいとしていることは伝わるだろう。案ずるな、俺が許す。舞風と絹姫の用意をしてくれるか?」
厩番の二人は困惑しながら頭を下げた。