赤い影への憧れ(1)
柴の大きな声が響き、悠真は耳を塞いだ。柴は何もかもが大きい。その姿も、声も、動作も大きいのだ。加工師柴は雑に荷づめをし、秋幸を連れまわしていた。彼が悠真と秋幸を同行者に選んだのには理由がある。一色を見ることに長けている柴は、悠真の持つ色に気付き、秋幸がかつて色の力を暴走させたことを知っている。加工師であるという立場上、表の世界の術士にも、裏の術士である赤影にも詳しい存在。そして、かつて、その身一つで陽緋と朱将を兼ねた実力者だ。先代紅を支えた大きな存在だ。
柴が大きな声を出しているのには理由がある。柴は探しているのだ。彼が陽緋時代に扱った資料を探しているのだが、佐久が不在なためその所在が分からない。何せ、柴は旅をすることが多い。資料の整理は佐久の仕事で、佐久がすべてを取り扱っている。その佐久が不在の今、あるべき場所が分からない。庵原太作につながる資料が不在なのだ。
官府と紅の争いに噛んでいるとされる「庵原太作」その人物は謎に包まれている。柴が彼の名を聞いたのは、二十年ほど前の話らしい。先代の紅や赤丸が死した今、残されるのは書面のみだ。
「遠次なら知っているんじゃないのか?」
悠真は騒ぐ柴に言った。しかし、柴は首を横に振った。
「それなら、すでに紅城で生きていた俺だって知っていることだ。必要なのは、機密文書。紅と赤丸だけが知っていることだ。お前たちも知っているだろ。先代の紅と赤丸は特別な関係だ。誰よりも互いを信頼し合っていた。彼らだけしか知らないことも多い。――いや、彼なら知っているか……」
柴は一人でぶつぶつと呟いていた。柴だから、呟きも大きい。
「知っている人に聞けばいいだろ」
悠真は柴に言った。柴は先の陽緋と朱将を兼ねた実力者。そして一色を見ることに長けた、他とない加工師だ。その柴に堂々と、恐れもなく気安く意見を口にすることは、通常ならあり得ないことなのだろう。秋幸の顔色がみるみる蒼白になっていくから明らかだ。しかし、寛容な柴はそのようなことを気にしたりしない。己の年の半分にも満たない悠真を、一人の存在として丁寧に扱ってくれるのだ。
「いや、赤山は口を閉ざすだろうな。それとも、教えてくれるか。――いるんだろ、赤山」
柴は天井に向かって叫んだ。しかし、返答は何もない。
「俺から逃げられると思うなよ。俺は色を見る男だぞ。天井裏から色が零れている。知らないということか、教えないということか?」
相手は赤影だ。本来なら、その存在さえ隠すもの。赤影と接触している柴だけしかいない状況ならともかく、悠真らのいる状況で平然と声をかける。豪胆というか、適当というか、柴の大きさがそれを許させるのだ。赤山という赤影を悠真は知っている。紅が暴走したとき、悠真はその場にいたのだから。年老いた片目の赤影。それが赤山だ。赤影の中の遠次のような存在。悠真は赤山に対して、そのような印象を抱いた。もしかしたら、実年齢や遠次よりも年上かもしれない。