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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤を護る者(6)

 悠真は義藤のことを良い奴だと決めることにした。

「ねえ、義藤のお兄さんってどんな人だったんだ?」

悠真は義藤に尋ねた。兄弟のいない悠真は純粋に興味があった。

「兄が死んだのは十年前だが、同じ顔をしていたな。外見の違う双子も存在するが、俺と兄は惣次と遠次のように、外見はまったく同じだった。それは、多くの人が俺と兄の見分け方が分からないほどだった。でも、性格は違ったな。兄はとにかく優しい人だった。もし、俺じゃなくて兄が小猿と一緒にいたのなら、佐久のように気安く声をかけ続けるだろうな。兄は人を憎むとか、人と競うとか、そういうことに興味が無いみたいだった。頭が良くて勉学に優れて、それに、とても強かった。術の力を競ったことは無いが、兄の才能は本物だ。剣術も優れていて、子供のころの俺は一度も勝ったことが無かったさ。それでも、俺は兄に勝とうともがいて、もがいて、もがいて。兄は俺の生涯越えることが出来ない壁なんだ。俺がどんなに強くなっても、記憶の中の兄は俺のずっと先を歩いている。そうだな、俺は兄と喧嘩ばかりしていたが、きっと兄のことが好きだったんだ。俺は一人で生きていけると、ずっと強がっていたが結局のところは兄に頼りきっていたんだ。山から外に出て、市街に貰われた時も、強がっていたが俺は寂しかった。寂しくて、山に逃げ帰りたい気持ちばかりだった俺の隣に兄はいてくれた。兄がいて、紅と出会って俺は生きる道を見つけたんだ。兄はとても強い人だった。兄を超えたいと、兄と争うことは多かったけれど、超えたいと思う時点で俺は兄に負けていたんだ。決して超えることが出来ない壁なんだから。それでいいんだ。兄は俺の上を歩いてくれれば、それで良いんだ」

兄のことを話す義藤はとても幸福そうであった。幸せな思い出を蘇らせるように、義藤は微笑んでいた。

「ねえ、義藤のお兄さんってなんて名前なんだ?」

悠真が尋ねると義藤は笑って言った。

「忠藤」

義藤は床に指で「忠義」と書いた。

「俺と兄の二人を合わせて忠義。母はどんな思いで俺たちにこの名を与えたんだろうな。誰に忠義を尽くせという意味を込めたんだろうな。今は、この名に誇りを持っている。兄は死んだが、俺と兄が忠義を尽くす相手は見つかったんだ。俺は、紅に忠義を尽くす」

悠真は義藤の指の軌跡を見た。達筆な動きで「忠義」と書かれて消えた字は、悠真の心に何かを残した。義藤は紅に忠義を尽くしている。

「子供を持つことが許されない両親が、忠藤と俺を生むことを決めた。それに、俺は感謝している。山で育ったときも仲間はいた。山を出てからは、身分をごまかして紅の実家に仕えた。俺はそれで良かったと思っている。そうでなければ、本当に今の俺は無かった。俺は今の自分自身の境遇に満足しているのだから」

悠真は義藤が自分のことを話すことが信じられなかった。もしかしたら、義藤は悠真の孤独を見抜いているのかもしれない。悠真が孤独だから、決して孤独でないと教えてくれている。悠真が孤独だから、孤独な彼自身の過去を教えてくれる。

義藤は良い奴だ。疑問に思うことは、義藤のことだ。

――義藤は紅のことが好きなのか?

そんな野暮な質問をすることが出来ず、悠真は俯いた。義藤のことを見定めていた自分も、義藤のことを恐れていた自分も嫌いになりそうだった。

 ふと、義藤の手が悠真の頭に乗せられた。その手が優しくて、強くて、悠真は何とも言えない気持ちになった。

「よく、忠藤がこうやってくれた。あいつは、俺と同じはずなのに少しも同じじゃない。人は皆違う存在で、思考も、体力も、判断も、未来も、そして過去も全てが異なる。俺は野江や都南たちのようになれなければ、彼らの過去を背負うことも出来ない。もちろん、俺の過去を彼らが背負うことも出来ない。背負っていけ。小猿自身の過去を背負って生きていけ。誰も小猿の代わりは出来ず、小猿は唯一無二の存在なのだからな」

自分は唯一無二の存在なのだ。当たり前のようで、当たり前でない言葉を言われた言葉を渡されて、悠真は何とも言えない気持ちになった。紅城では特別な人たちが多くて、平凡な田舎者の悠真は自分がくだらない存在のように思えていた。

――小猿は唯一無二の存在なのだからな。

悠真はその言葉を心の中で反芻した。妙に嬉しく感じたのが不思議だった。

 赤を護る者。

 赤を愛する者。

 その存在が悠真の横に座っていた。抜き身の刃のようで、作り物のような顔をして、丁寧な所作と言葉、他人を思う気持ちを持った優しい存在がそこに座っていた。

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