緋色を守るからくり師(11)
それでも鶴巳は朝霧を走らせ続けていた。落馬しないのは、鶴巳がうまく重心を移動して安定を図っているからだ。
川沿いを先へと進むうちに、倒れた木々を目にした。そこは、イザベラと赤丸が戦った場所の近くだ。迷いそうになると、イザベラが前へと出た。なるほど、イザベラが案内しようとしてくれているのだ。イザベラの先に、黒の色神クロウがいる。そして、野江は白の色神ソルトを探している。火の国に足を運んだ異国の色神は、火の国にとって吉と出るか、凶と出るか、野江には分からない。火の国を守るのが、陽緋である野江の使命なのだから。
最初にたどり着いたのは、イザベラと赤丸が戦った場所だ。野江は、直接見ていないが、激しい戦いであったことは容易に想像できる。倒れた木々に、崩れた建物、薬師の家だという場所は跡形もなかった。しかし、少し離れたところにある倉庫のような建物は無事で、野江は興味本位から小屋の方へと馬を歩かせた。道がそれたことにイザベラは立ち止まったが、何も言わずに野江についてきた。離れたところで、鶴巳が朝霧に手こずっていた。立ち止まることにも抵抗し、前足を上げようとする朝霧の手綱を強く引いて、御そうとしていた。
「鶴巳、大丈夫なの?」
野江が尋ねると、鶴巳は何も言わずに朝霧から降りた。落ちたという方が正しい。それでも、落馬をせずに、ここまで朝霧を走らせたのだから、流石というべきだ。朝霧は不満そうに歯をむき出しにしていた。
不機嫌な朝霧の手綱を引いて、鶴巳は野江の方へ歩み寄った。朝霧の不機嫌さは相変わらずだ。なぜ、温和な佐久が朝霧のような気性の荒い馬に乗りこなすことが出来たのか、野江には理解できない。しかし、朝霧は佐久を主と決めていたに違いない。その朝霧が六歳という若さで、主を失ったことは胸が痛む事実だ。野江は知っている。佐久が時折、厩に足を運んでいたことを。馬に乗れない佐久が厩に足を運ぶ理由。それは、朝霧のことを気遣ってのことだ。他の馬たちが主と共に駆けるのを、朝霧はじっと見ていたのだから。そして野江は知っている。鶴巳が時折、厩に足を運んでいたことを。同じように、鶴巳も朝霧を気遣っていたのだ。