赤を護る者(5)
義藤は温かい。まるで、悠真の気持ちを感じ取ってくれているようであった。
「一人になったんだな」
義藤が俯き、そして言った。それは、悠真に投げかけられた温かい言葉だった。
「え?」
悠真は義藤が、なぜそのようなことを言うのか分からなかった。
「親もいない。故郷もない。俺も同じだ」
悠真は義藤を見つめた。抜き身の刃のようで、それでいて優しい。義藤は刀を立てて、寄りかかり言った。少しくつろいだ風の義藤の仕草は、作り物のような義藤を人間に変えていく。義藤は一つ息を吐き、天井を見上げた。
「一人になると、心に風が吹き込む。今はまだいいかもしれない。復讐に息巻いて、強い信念があって、一つのことに集中できて……。生きる目的が誰かを憎むことならば、それは長くは続かないんだ。忘れるな、一つの軽率な行動が全てを決定付ける。どうして、あの時に言葉を交わしておかなかったのか、どうして優しさに気づかなかったのかと後悔だけが残る。自分を責めて、苦しむ日々が始まるんだ」
悠真は義藤のことを考えた。義藤は一体何者なのか。義藤は悠真の心情を想像して話しているのではない。それは、義藤の過去に基づく言葉のようだった。子供を持つことが許されない立場の両親を持ち、戸籍を持たずに育った義藤。紅に出会い、隠れ術士でなく正規の術士の道を歩むことを決めた義藤。抜き身の刀のようで、品が良くて……。紅を守り続ける義藤のことが分からなかった。
「義藤、俺は……」
義藤は悠真の肩をつついた。悪戯めいて、微笑む義藤は野山で駆けていそうな表情だった。
「俺に親はいない。会った記憶もなければ顔も知らない。言葉も交わしたこともないが死んだと知ったときは哀しく、とても孤独になった気がした。俺に父の死を伝えたのは風の噂で、母の死は紅が色神にならなければ知ることはなかっただろう。俺の両親は、何も残さず死に、死んだことすら伝えなかった。それでも、俺には兄がいたから、平気だった。俺と同じ時を生きた唯一の兄がいたから、不安もなくて、紅がいたから世界に色を見つけることが出来ていた。遠次は俺のことを、強いが優しいって言っただろ。けれども、俺の兄に対しては優しいが強いと言った。だから、俺がここにいて、兄は死んだ。俺と違って、兄は強いから」
どうして、義藤がそのようなことを話すのは、悠真には分からなかった。ただ、義藤の孤独が伝わってきた。義藤は孤独で、強くて、そして優しい。憧れを抱く存在だった。それが、表から紅を守る義藤の本質だ。
「どうして、こんなことをお前に話しているんだろうな」
義藤はそう言うと苦笑した。
「良く似ているんだ。兄が死んだ頃の俺とな。大丈夫、人は一人になることは決してないのだから」
少し遠くを見て、哀しそうな義藤の表情が胸に響いた。そして、悠真は気づいた。己の身さえ守れるか危険な状況。そんな場所に無力な小猿を連れてくることを承諾した理由。紅の言葉だけでない何かが、義藤を動かしたのだ。
「もしかして、俺を連れてきたのって……」
義藤は答えた。
「言っただろ、俺と似ているからだ。兄が死んだ時、俺は生きることに絶望し、兄が死んだ理由を作った者への復讐だけを考えていた。なのに、いくら探しても復讐する相手は見つからないんだ。兄は己の意志で死んだ母の後を継ぎ、二度と会えなくなった。兄は優しい人だったから、母が半端で終えた職を全うしようとしたのかもしれない。俺は職に生きて、職に死んだ母を憎むしか出来なかったのに。俺でなくて、兄が生きていれば良かった。俺じゃなくて、兄がここにいたら紅を危険な目に遭わせることなんてないのに。俺は悩み、苦しみ、全てを失った気分だった。そんな中で俺は気づいたんだ。俺は一人だと思っていたのに、一人じゃなかった。近くには紅がいて、野江や都南や佐久や鶴蔵がいる。そして、俺をわが子のように育ててくれた遠爺と惣爺がいた。人は決して孤独になったりしない」
義藤の言葉は温かい。悠真の胸に重みを持って響き、温もりを広げていく。抜き身の刀のように思えるのは、表面上の義藤の姿で、義藤の本質はとても優しい。優しい一色。
悠真は色神紅のことを思った。彼女は色神としての重圧と戦い、火の国を守り続けている。たった一人で、戦い続けている。そんな紅を支えているのが、悠真の隣で無愛想に座っている義藤なのだ。野江、都南、佐久、鶴蔵も一緒だ。彼らは赤い色でつながっている。