緋色を守るからくり師(3)
鶴巳は見た目と違って頑固だから、無理にでも置いてかなくてはいけない。鶴巳は己の価値を知らないのだ。最初、鶴巳が紅城に足を運んだのは野江が術士だからかもしれない。野江の付属品のようだったのは、最初だけだ。しかし、今は違う。からくり師として頭角を現した鶴巳は、守るべき存在だ。危険にさらしてはならない。
「あっしがおりやす。あっしが野江を守りやす」
鶴巳との話し合いは平行線でしかない。鶴巳の野江も頑として譲らないのは事実なのだから。
野江は鶴巳を無視して、馬に頭絡をつけた。野江の馬の名を「浮雲」という。四歳になる牝馬である。葦毛の毛色は艶やかな光沢をもち、潤った鳶色の瞳は深く輝く。浮雲は不快そうに鼻を鳴らした。大人しい浮雲が歯を見せるのは、苛立っている証拠だ。馬は敏感な生き物だ。周囲の環境の変化にも、人の機嫌の変化にも敏感だ。浮雲は何かを感じている。
「大人しくなさいな」
浮雲の頬を撫でて、野江は手際よく頭絡をつけると鞍を取り出し浮雲の背に乗せた。腹帯を締めた。浮雲が不機嫌なのは、野江が不機嫌だからかもしれない。不機嫌な浮雲は苛立ったように前足を振り上げた。
浮雲は大人しい馬だ。賢く従順で、野江の指示に素直に従う。悪路にも動じず、勇敢な馬だ。その浮雲が暴れるのは珍しい。馬の体は人間より遥かに大きい。その細い脚に足の甲を踏まれれば、足の甲の骨は砕けてしまうだろう。その平らな歯に噛まれれば、痣が出来るだけでは済まないかもしれない。正直なところ、野江は油断していた。馬に乗ることにも慣れている。浮雲という馬にも慣れている。信頼もある。四歳という若い馬でありながら、落ち着きがあったから、信頼していたのだ。これまで、浮雲から落馬したことは一度もない。どれほどの悪路を走らせても、どれほど危険な場所を走らせてでもだ。