赤を守る者(4)
義藤は品が良い。姿勢が良くて、動作が流れるようだ。言葉がきれいで温かい。全うな道から外れているようには決して見えない。
「今回の敵は、俺と同じような存在だろうな」
義藤がふと口にした。
「隠れ術士、って知っているか?」
唐突な義藤の問いに、悠真は首を横に振った。隠れ術士という言葉の意味が分からなかった。
「火の国の民は皆、例外なく選別を受けるだろ。事情があって選別を受けないまま大人になり、術士として導かれないまま術士の力を持つ存在だ。そのような存在は案外多い。俺は選別を受けていない。隠れ術士の大部分がそうだ。もしくは、術士の才覚があることが幼いうちに見つかり、戸籍上殺され実力者に金で売られてしまった奴隷のような術士か、どちらかだ」
術士は力だ。その術士の力を利用できれば、日常は変わるだろう。選別前に術士の才覚があることが発覚し、戸籍上殺され、親から金で売られて術士になる存在。それは、とても恐ろしいことだ。また、悠真はもう一つ疑問に思ったことがある。選別は戸籍にのっとり全ての民が受ける。それを受けないことは出来ないはずだ。もちろん、田舎者の悠真も選別を受けた。義藤が選別を受けなかったということは、ありえないことだ。
「だって、選別は……」
悠真が言いかけると、義藤は言葉を遮った。
「俺には戸籍がなかったんだ」
予想外の答えに、悠真は息を呑んだ。義藤は息を呑む悠真を見て、ゆっくりと続けた。
「俺には戸籍がなかった。それは、紅と出会った時も同じだ。俺の両親は決して子を持つことを許されない人たちで、俺と兄は、生まれてすぐに隠された。山の中にな。俺と兄は生まれるはずのない人間。存在するはずのない人間。だから、選別を受ける必要もない。俺みたいに孤児が術士の才覚を持ち、そのまま隠れ術士になる。それは案外多い話だ」
それは、悠真が知らない現実。悠真のような田舎者でも戸籍は持っている。そもそも戸籍を持たないことは、存在を国から認められないことと同じ。学校に行くこともなく、仕事に就くこともできない。悠真は、義藤を品の良い人だと思っていた。育ちが良いのでなく、生まれが良いのだと。育ちは粗暴だが、高貴な家の生まれだと思っていた。だから信じられなかった。
「気にするな。今は戸籍もしっかり持っている。紅と共に歩むと決め、術士になった時に遠爺と惣爺が用意してくれたから。気に病むことじゃない。それぞれの人間には、それぞれの事情と過去があって今がある。ただ、それだけのこと。俺には俺の過去と歩んできた道があり、小猿には小猿の過去と歩んできた道がある。それは決して否定されるべきものでも、肯定されるべきことでもない。過去があって、今があるからな。俺は自分の生まれを残念だと思ったことは無いし、両親を恨んではいない。彼らがいたから俺は誕生し、こうして生きている。生きているということは、本当に素晴らしいことなんだ。自分が必要とされて、生きている。その喜びがあるから、俺は生きていける」
悠真は、義藤がとても大人な存在に思えた。義藤は頭が良い。悠真には出来ない考え方だ。悠真は自分のことばかり考えている、それは愚かで幼い考え。悠真は無力な田舎者。義藤のようにはなれない。
「紅は恵まれている」
唐突に義藤が口にした。
「え?」
悠真が問い返すと、義藤は苦笑した。
「野江も都南も佐久も、優れた人たちだ。どんなに色神紅が優れていても、支えてくれる緋や朱、そして赤がいなければ優れた紅になることは出来ない。紅一人では何も出来ないんだ。紅一人では大きな波に呑まれてしまうから。だから、紅は恵まれている。年齢も近く親しみやすく、先を見据えることが出来る彼らがいて。補佐してくれる存在が、紅を支えている。俺は小さな存在だ。彼らがいるから紅は立つことが出来る」
悠真は同じような言葉を聞いたことを思い出した。野江たちも、義藤のことを同じように言っていた。「若いけれど優秀な子」と称していた。義藤は野江たちを認め、野江たちは義藤を認めている。理想の関係。羨ましい限りの理想の関係だ。
「義藤がそう言うなら、俺はもっと弱い。復讐すると息巻いているけれど、結局は何も出来ない。じっちゃんや、惣次、村の人が死んだ復讐をする力も無い。こうやって、ここに来ただけで何をすればいいのか、何が出来るか分からない」
それは悠真の本音だった。とん、と悠真の肩に物が触れた。目を向けると、義藤の朱塗りの刀が悠真の肩を小突いていた。
「年はいくつだ?」
「十六だけど……」
答えると再び悠真の肩を義藤が小突いた。
「まさしく小猿だ。悩むな、これからだろ」
朱塗りの刀が悠真の肩を小突く。まるで、背を押されているような気分だった。