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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の術士

「術士でないのに、術を使ってよく無事だったものね」

高く穏やかな女性の声が聞こえ、冷たい手が熱い悠真の頬に当てられた。すると、熱い体が徐々に熱を下げていく。先ほどの夢が嘘のようだった。悠真は夢を思い出した。よくもまあ、あれほどの想像を膨らました夢を見たものだ、と悠真は己に感心した。感心しながらも、悠真は目を開くことを拒んでいた。目を開けば、辛い現実が待っているに違いない。

「面白い子ね。――目をお開けなさい」

その言葉に惹かれるように、熱い体も冷えていく。強い力に引き上げられるように、悠真は目を開いた。夢が消えた。目の前には現実が待っている。

 赤い羽織が風になびく。目を開いた悠真が見たのは、限られた者しか身に付けることが許されない赤い羽織だった。少なくとも、田舎で見ることが出来る羽織でない。悠真は赤い色の布を初めて見たのだから。悠真を覗き込んでいるのは、赤い羽織を肩にかけた女性だった。その手は悠真の頬に当てられている。

「陽緋様。村人はどちらへ?」

悠真の知らない男が、赤い羽織の女性に声をかけた。陽緋とは、最も強い力を持った術士を指す。「緋色」を与えられた術士の中の頂点。下緋の惣次よりも遥かに上の存在。

「市街へ誘導なさい。紅様への報告と官府へ復旧の要請を」

陽緋の指示に、陽緋よりも年は上だろう男が深々と頭を下げた。悠真は陽緋が腰から下げた刀に目を留めた。鞘も柄も、全てが朱塗りの美しい刀。赤を許された存在、それが陽緋。悠真は重たい体を必死になって起こした。そこは灯台の中だった。崩れた壁と、布のかけられた惣次の亡骸――。村の人たちは、外へと出たようだった。起こした体が重く痛んだ。

「もう大丈夫ね」

陽緋は微笑むと、赤い羽織を翻して立ち上がった。赤い色が、胸に迫った。

 惣次は陽緋を知っているように話していた。歴代最強の術士。剣技にも優れた存在。それが、目の前の彼女だとは信じられなかった。陽緋は惣次の遺体の前にしゃがむと、手を合わせ、深く、深く頭を下げた。尊敬する者の遺体に手を合わせているようであった。惣次の遺体に手を合わせていた陽緋は立ち上がり、身を翻した。陽緋に声をかけることは恐れ多いことだ。許されることでないかもしれない。それでも、悠真は尋ねたかった。惣次が違和感を覚えた嵐の理由を、そして術士の中で頂点に立つ陽緋が、こんな田舎まで足を運んだ理由を。

「待って」

悠真は陽緋の赤い羽織をつかみ、陽緋は首をかしげた。

「どうして、術士がここに……」

それは悠真の率直な疑問だった。陽緋は術士の中で頂点に立つ。都の紅城で、術士の指揮をとり、紅を守るのが仕事のはずだ。そんな陽緋がどうしてこの村にいるのか。

「それは、あたくしが術士の筆頭、陽緋であることを指しているのかしら。陽緋がここにいる。それを疑問に思っているのなら、返答は簡単よ。正体不明の何者かが、他者の紅の石を使った。そう知らされて、術士の筆頭のあたくしが出向いたまで。それだけのことよ」

田舎者の悠真とは違う言葉遣い。細い手足に、萌葱の着物。深緑の袴。足元は悠真が初めて見た輸入物の長靴だった。下ろされたままの長い黒髪も目に留まる。何より目を引くのが、赤い羽織。もし、許されない者が赤を身に付けたのなら、それは厳しい罰則の対象となる。目の前の女性は、間違いなく陽緋だ。

「俺は……」

悠真は言葉を探した。悠真は紅の石を使うことが出来ないはずだ。術士の才覚には見放されていた。どうして、自分が紅の石を使えたのか分からない。

「全ては紅が判断されることよ。あなたは下緋である惣次を超える力を使い、人々を守った。術士としての才覚に見放されたはずの、あなたがね」

そこまで言うと、術士の一人が陽緋に駆け寄った。

「佐久様より連絡が。分かり次第、状況を伝えて欲しいとのことです」

陽緋は静かな口調で言った。

「紅様と朱将と佐久に伝えなさい。間違いなく、青の石の力でしょうね。誰かが青の石を使い、雨を降らせ続けた。あたくしたちの進入を阻み続けた者が犯人でしょう。朱が動く必要があるかもしれないわ。そして、惣次の死についても、紅様へ報告を」

術士が深々と頭を下げた。

――犯人。

悠真はその言葉を聞き逃さなかった。

「待てよ」

相手が陽緋であろうと無かろうと関係ない。悠真は聞き捨てなら無い言葉を陽緋の口から聞いたのだ。陽緋は怪訝そうに振り返り悠真を見た。

「犯人ってどういうことだよ。青の石って何だよ」

陽緋に苛立つのは間違っていることぐらい、悠真にも分かる。それでも、込み上げる感情を抑えきれない。消化不良の気持ちが込み上げてくる。

「嵐じゃないのかよ。雨嵐じゃないのかよ。犯人ってなんだよ」

それは自然の嵐のはずだった。雨の多い梅雨で、雨嵐がきたまで。多すぎる雨で、海岸沿いの崖が崩れたまで。「犯人」、「青の石」。それは、嵐が人災であるという発言。人災である以上、祖父も惣次も殺されたのだ。なぜ、二人は死ななくてはならなかったのか。なぜ、村は土砂に押し崩されなくてはならないのか。平和な漁村にどんな罪があるのだ。なぜ、村の人たちは死ななくてはならなかったのか。一体、この村が何をしたというのだ。

「どういうことだよ!」

愚かな行為だと分かっているが、悠真は抑えることが出来ず陽緋に飛び掛っていた。

 天と地が入れ替わった。非力な悠真には、何が起こったのかさえ分からない。振り上げたはずの悠真の手は、陽緋につかまれ、悠真は水溜りの中に倒れていた。陽緋は左手で悠真の手をつかみ、右手は朱塗りの刀に伸びていた。陽緋は、紅の石を使わずとも、容易く悠真の命を奪えるのだ。悔しくて涙が溢れた。祖父も惣次も死に、村は滅びた。悠真が愛した全てが無くなり、父と母の思い出も消えた。悠真は一人になった。悔しくて、哀しくて、悠真の目に涙が溢れた。そんな悠真を見たからか、陽緋が刀の柄にかけた手を離し、服が汚れることを厭わず、悠真の隣に腰を下ろした。

「泣きなさい。そして、前に進みなさい。紅の石のことも、今回のことも忘れて。あなたは、十歳の選別で才覚を見出されなかった。術士になる必要も無いわ」

陽緋の言葉は温かい。悠真の中の陽緋の姿は涙で歪んで見えた。悠真は元来、意志の強い性格。簡単に引き下がることも出来ない。

「知りたいんだ」

悠真は言った。目から溢れる涙は止まらない。

「どうして、こんな事になったのか。俺は、引きさがれない」

陽緋は困ったような表情をした。

「あなたは、紅の石を使ったわ。それも、他人の紅の石を。術士が持つ紅の石は、持ち主にしか使用することができないように加工されているはずなのに。他者の石を使用できるのは、紅だけのはずなのに。もし、望むのなら紅城へ連れて行くことが出来るわ。あなたが惣次の紅の石を使ったという理由を付けて。けれども、よくよくお考えなさい。紅城へ足を運ぶということは、術士になるということ。今までのような生活は送れないわ。考えなさい。犯人を捜すのは、あたくしたちの仕事。あたくしたちは、必ず犯人を捜し出し罪を償わせる。それでは、あなたの気は晴れないのかしら?」

陽緋は悠真を連れて行くことを避けたいようだった。惣次も言っていた。術士になっても、楽しいことは無いと。逃げることは容易い。現実を忘れ、新しい生活を始めることは容易い。そう思うと、目の前に変わり果てた惣次の死体が浮かんだ。なぜ、惣次は死ななくてはならなかったのか。なぜ、祖父は死ななくてはならなかったのか。今、新しい生活へ逃げたところで何も変わらない。生涯、二人の死に追いかけられるのだ。

「紅城へ……紅城へ連れて行ってくれ。俺は、犯人を見つける。だれが村を滅ぼしたのか、正体を突き止め、自分の手で復讐するまで、俺は生きることは出来ない」

――色神紅に会いなさい。復讐とは関係なく。

無色な声に唆されたのでなく、悠真は己の意志で陽緋に懇願した。陽緋は一つ息を吐いた。

「紅城へ連れて行くわ」

悠真の人生は大きく動き始めた。赤い色が悠真を包んだ。まるで、悠真を染めようとするように。


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