白が欲する色(13)
「紅と接触なさったのですか?」
ふと、アグノがソルトに尋ねた。赤の色神との接触。これは、ソルトが知る限り歴代のソルトが行わなかったことだ。ソルトは神だ。命を扱うことが出来る崇高なる神。他の色とも一線を引くものだ。
「接触したわ。赤の色神紅に恩を売るの。だって、冬彦は紅を救って欲しいんでしょ」
ソルトは冬彦を見た。冬彦の一色は揺るがない。堂々としているものだ。
正直なところ、ソルトは紅に恩を売ったのではない。冬彦に恩を売ったのだ。本人はその価値を知らないだろうが、ソルトにとって冬彦は価値のある存在なのだ。冬彦の一色が、ソルトを支えているのだから。冬彦は何も言わずに、頭を下げた。
「アグノ、行きましょう」
ソルトはアグノに行った。どこへ行くのかというのは、ソルトには分からない。しかし、ここにいても無駄だということは分かる。柴という術士は救われた。黒の色神の毒から逃れることが出来たのだ。あとは、事態を収拾させた紅が助けに来るだろう。
雨は止んだが、土はぬかるんでいる。マントに包まれたソルトは濡れていないが、アグノや冬彦は雨に濡れている。マントを持っていない冬彦に至っては、ずぶ濡れも良い所だ。
「冬彦がいれば、宿にも入れるか?」
アグノが冬彦に尋ねた。今まで、火の国の民でないアグノとソルトの二人だったから、都の宿をとることをしなかった。見た目が違うことは言うまでもない。字も分からない。紫の石を使用し、言葉だけは理解できるが、他は分からない。怪しまれれば、存在が知られてしまう。術士を呼ばれれば、面倒なことになってしまう。だから、これまでソルトたちは森に潜んでいた。森に潜む生活は、ソルトの体に負担をかけて、この数日体調が芳しくない。できれば、しっかりとした宿を取りたいものだ。
冬彦はそっとソルトの目を向けて、うなずいた。
「俺が台帳記帳なり、なんなりするさ。小銭なら、赤の術士にねだってもらってきている。足りなくても、白の色神たちが持っている雪の国の通貨なり、何なりを、俺が換金してきてやるさ」
冬彦は濡れた髪を掻きかげた。白の色神に、命を盾に利用され、己の身を悲観しているのでも、諦めているのでもない。冬彦のことを掴むことが出来ず、それでもソルトは満足だった。冬彦は思ったよりも恩義を忘れない性格のようだ。ソルトは火の国を支える術士「柴」を救った。これで、白がさらに紅に恩を売れば、その分冬彦はソルトから離れられなくなる。それが、冬彦を縛りつける行為であっても、ソルトは譲ることが出来ないのだ。ソルトは冬彦を欲しているのだから。