白が欲する色(7)
雨は強いがソルトは雨に濡れることはなかった。アグノの確かな足取りで、前に、前に進んでいた。ソルトは溢れ出る黒を感じながら、そちらの方向へとアグノたちを誘導した。
黒は溢れ出てとても暴力的だった。同時に、黒に立ち向かっている色も見える。それは、一見すると赤のようであった。しかし、立ち向かう赤はソルトの心をざわめかせる。それでも、ソルトが心を失わないのは、赤が今にも黒に飲み込まれそうであるからだ。黒に立ち向かう赤は、今にも黒に食われそうであった。相手は黒の色神。一介の術士が立ち向かえる相手ではない。
雨で森は足場が悪い。アグノの体は時折大きく傾きながら、それでもソルトを包み込む腕は力強かった。溢れる黒の力が強大だったから、ソルトは黒の色神がすぐ近くにいるのだと思っていた。しかし、黒の色神はソルトの想像以上に森の奥地にいるようであった。次第に、厄色と思われる赤は消え、黒だけが溢れ出ていた。そして、黒は力を失ったかのように消えた。黒の色神に何かがあったということは、確かなことであった。
「クロウ」
ソルトは黒の色神の名をつぶやいた。面識はない。それでも、同じ色神として、同じ赤に惹かれた者として、思うところはある。クロウとソルトは似た者同士なのだ。
「黒の色神は無事なのですか?」
アグノが落ち着いた声色でソルトに尋ねた。黒の色神は無事なのか、ソルトにもその答えは分からない。黒は急激に弱まり、消えゆこうとしている。厄色と思われる赤も遠ざかった。無色の行方も分からない。黒の色神と厄色の争いの間に、無色がいたことは確実なことであるが、無色が何かをしたとは思い難い。無色を巡って黒の色神クロウと、厄色を持つ術士が争ったのだろう。
(紅は何を思っているのか)
ソルトは顔を合わせたことのない紅を思った。紅は無色も厄色も抱えている。火の国の内部にトラブルを抱えて、何を思っているのか。
「分からないわ。ただ、黒の色神の力が急激に弱まったことは確かなの。それは、あたしにも起こりうることよ」
ソルトは思った。黒の色神が暴走したのなら、それはソルトにも起こりうることだ。
「急ぎましょう」
アグノが言い、足を運ぶスピードが速まった。