赤を護る者(2)
紅を守ろうと尽力する者は多い。その代表が赤の仲間であり赤影であった。佐久が言った。
「先代紅と一緒に、赤影の大半が命を落とした。若い者から、年齢の上の者までね。赤影は裏の存在。先代の紅を守るために全員が命を落としたわけでないだろうけど、その大半は命を失ったはず。残されたのは、きっと一握り。その一握りが新たな赤影を集めたところで、そう容易く集まるはずがない。きっと、赤影に入るには、子供の頃からの特殊な訓練が必要なはずだからね。赤影は強い存在であるけれども、今は万全の状態じゃない。二年前にも命を落とした赤影がいるはず。あの時の身元不明遺体は三体。だから今の赤影は本当に少ないはず。僕らは、赤影に頼らずに紅を守らなくちゃいけない。赤影は己を使い捨てのように戦うけれど、実際は違うはずだ。赤影も生きているんだ。先代紅と一緒に死んだ赤丸の死に様が、それを示していたから。先代紅と一緒に死んだ赤影たちが、それを示していたから」
紅は多くの人に守られている。赤の仲間と、赤影と、そして赤に。紅を守るために決意したのは義藤だけでない。赤の仲間たちも、紅を守るために命を賭している。紅の盾である赤の仲間は、紅の刃である赤影のことを思っていた。盾と刃が協力して紅を守れば、どんな敵でも弾き返せせるはずだ。遠次が柔らかく微笑んだ。
「赤影は孤独な存在だ。己を殺し、己という存在を全て消し去って生きているのだから。裏の存在である赤影が、表の存在であるお前たちに認められたのなら、赤影にとって大きな意義となるだろうな。赤影は殺戮集団などではないのだから」
歴代の紅の刃となり続けた赤影、そして歴代の紅の盾となり続けた赤の仲間。相反する二つの力が歩み寄ったのだと悠真は思った。
夕方になると、義藤と紅が佐久の部屋に戻ってきた。赤の仲間たちは紅に負担をかけないように、強い決意を隠していた。それが、紅への優しさであった。紅が赤の仲間が傷つくことに恐怖を覚えているのは周知の事実だから。
戻ってきた紅と義藤を交えて簡単な夕食を摂り、悠真は紅城の最上階へと足を運ぶことになった。紅は気さくに話し、その様子はこれから起こるであろう戦いの不安を感じさせなかった。もちろんそれは、義藤や野江たちも同じであった。
悠真は自分が義藤と一緒に行って良いのか分からなかった。赤の仲間たちは命を失うことさえ視野に入れている。そこで、術士でない悠真が一緒にいるということは荷物でしかないはずだ。義藤は実力者だが、悠真を連れたことが原因で危険な目にあうことがあれば、悠真は取り返しのつかないことをしてしまったことになる。悠真が迷っていると、漁師だった祖父の言葉が蘇った。
(己の道を定めたのなら、信念を貫け。それが、わしが悠真に願うことじゃ。海に出たら一人きり。広い海に一人でいるときに、右に行くか左に行くか、その判断を途中でた躊躇うことはできない。海で生きるのならば、自分の信念を貫け)
悠真の背中を押す言葉は己の信念を貫けというものだ。復讐をするために紅城まで足を運んだ。ここに惣次の石もある。悠真は進むしか出来なかった。せめて、義藤の足手まといにならないように、それだけを願った。
食事が終わると義藤は平然と朱塗りの刀を磨いていた。義藤は落ち着き払い、これから囮として敵を引き付けることを恐れていないようであった。赤の仲間たちは皆同じだ。何も気にしていない。彼らの日常を知るわけではないが、彼らの平常を想像すると今のような状況だろう。狭い部屋で寄り添う赤の仲間たちの一員に、赤丸が加われば、と悠真は思った。
朱塗りの刀を磨いていた義藤は刀を鞘に戻すと姿勢を整え赤の羽織の袖を整えた。
「紅、そろそろ行ってくる」
義藤の言葉は、強さを持っていた。無駄な言葉を一つの含まない、義藤らしい言葉だった。
「気をつけろ。そうだ、これを渡しておこう」
紅も端的な言葉で返し、新しい紅の石を義藤に手渡していた。悠真が暴走させたために、色が弱ってしまった義藤の石が色を失ったときのための代用品だ。加工師柴が加工していないという一抹の不安のある新しい石。今、義藤が持っている紅の石が色を失わないことを悠真は願った。
悠真は後ろ髪を引かれるような気持ちだった。義藤に同行することは、悠真自身が望み押し通したこと。自分で望んでいて、後悔をするのは間違っている。赤の仲間に迷惑をかけてまで、悠真は信念を押し通した。
「気をつけなさい」
野江が言い、同意するように都南が頷いた。
「明日、僕の取って置きのお菓子をあげるからね」
佐久が義藤を待っている、という意味を込めていた。
「行って参ります。紅のこと、お願いします」
義藤は丁寧に頭を下げると、躊躇いなく振り返った。
「行ってきます」
悠真はそそくさと義藤を追いかけた。