赤を護る者(1)
夜が来るまで、悠真は佐久の部屋で過ごした。紅と義藤は抜け出すことが他の朱護に知られないように、遠次と赤の仲間に一度挨拶をすると紅の部屋に戻っていった。紅がどのように部屋を抜け出しているのか悠真は興味が会ったが、二年前のことを尋ねて野江の拒絶されてから悠真は赤の仲間に嫌われないように口を噤むことを選び何も尋ねることが出来なかった。鶴蔵は部屋の隅でからくりの調整を行い、その様子は悠真の興味を惹いた。木造のからくりを分解し、それをくみ上げていくことで何が変るのか、そもそも、からくりはどのようにして紅の石の力に反応して動いているのか、悠真には理解できず術士しか使用できないからくりは魅力的だった。これからどのような便利なからくりを鶴蔵が作り出し、からくりを使って術士がどのように振舞うのか、悠真は未来を想像した。
赤の仲間たちは、遠次を中心として今夜の襲撃に備えた打ち合わせをしていた。紅と一緒に陽緋野江がいて、都南と佐久は行動を共にする。術の使えない朱将都南と、身体を動かすのが極端に苦手な佐久は互いに互いを補い合っている。
「今日、どんな敵がくるのかしら」
野江が不安混じりに言った。
「大丈夫、義藤は強いよ。同期だったら、恐ろしいほどにね。良かった、義藤より年上で」
佐久が笑った。彼らが佐久を認めているのは事実であった。都南が決意を固めるように膝を叩いた。
「赤丸もいるんだろ。二年前、結局紅を守り敵を撃ったのは赤丸だ。俺と佐久と惣爺が敗れた敵を最後に撃ったのは赤丸だ。赤影は俺たちが倒しきれなかった敵を影から倒し、赤丸は俺たちが破れた敵に勝利した」
都南が赤丸のことを口にした。悠真は赤丸の色を見た。赤丸は己を押し殺している。紅は赤丸を裏の存在と話し、赤の仲間を表の存在と話した。赤影や赤丸を紅の持つ刃と称し、赤の仲間を紅の持つ盾と称した。赤影は己の存在全てを捨てて紅の刃となっているのだ。遠次がお茶を口に含んで赤の仲間を制した。
「赤影は強い。わしらは紅を支えるが、赤影は違う。紅を守るためなら己の命を容易く捨て、躊躇いなく人の命を奪う。先代紅と共に死んだ赤丸のことを、お前たちは知っているだろう。わしも知らなかった。先代紅を守っていた赤丸が、誰だったのか……。一度、紅が話してくれたことがある。先代紅を守る為に赤影の大半が命を失い、残された赤影が再度赤丸を立て再び紅を守っている、とな。赤影は存在しない人間たちの集まりだ。戸籍上で殺されるか、もともと存在しないはずの素質ある人間が赤影になる。よく聞け。紅を守るのはお前たちだけでない。赤影も然り。赤影も紅を守る存在だ。お前たちの仲間だ」
遠次の言葉に赤の仲間は軽く頭を下げた。都南が頭を上げた後、姿勢を正して遠次に言った。
「先代紅と共に赤丸が死ぬまで、俺は赤影のことも赤丸も対して興味はなかった。赤影は紅の持つ影の力であり、漠然と、暗殺をする存在と思っていたから。でも、現実は違う。先代紅は赤丸を暗殺の力として使わなかった。先代紅は知っていたのかもしれない。暗殺をしても何も始まらないと。赤影に罪を探らせ殺しても、何もならないと。正面から罪を明らかにして、正攻法で叩き潰す。そのようにしなければ何にもならないから。赤丸は先代紅を守った。まるで、盾になるように先代紅の前に立ち、そして死んだんだ。あの戦いの後、身元不明の遺体がいくつか出てきた。その数十九。赤丸を入れれば二十。先代紅と一緒に死んだのが赤丸だという証拠はないが、あれはきっと赤丸だと俺たちは考えた。持っていた紅の石が俺たちが持っていた紅の石よりも遥かに強い力を持っていたから。当時、未来をもてはやされていた俺たちよりも、先代紅と一緒に死んだ者はずっと強かった。赤丸に違いないだろ」
都南の話の後、佐久が続けた。
「身元不明の遺体が戦う姿を、僕は見たよ。彼は何人もの敵と戦い、そして最後は相打ちに持ち込んだ。年齢は僕らと同じ二十前後ぐらいだったかな。僕はそれが、赤影の一員だとすぐに分かったよ。とても強い力を持ち、そして倒れていったから。彼を殺したのは敵じゃなくて僕だよ。僕と彼は一緒に戦った。僕は追い詰められ、斬られ、僕を助けるために彼は相打ちに持ち込んで戦った。僕が生きているのは、彼の命と引き換えにしたから」
赤影のことを語ったのは佐久だけでない。野江も続けた。
「あたくしも会ったわ。あたくしが出会ったのは先代紅と死んだ、赤丸とされている存在。あれは、先代紅が命を落とすずっと前。術士としてい厳しく育てられ、自分自身の存在理由を失っていたあたくしを先代紅は気に掛けてくださっていたわ。それでも、年頃になると悩むもの。そのあたくしの前に、姿を見せたのが赤丸だったわ。先代の紅はあたくしのことを気に掛け、あたくしに赤丸を差し向けたのね。あたくしの背中を押したのは、先代の紅と赤丸だったのよ」
悠真は先代の紅の姿を思い描いた。戦争に反対し、官府から殺された優しい存在。今の紅を支える赤の仲間たちの幼い頃を知り、赤の仲間の成長を見守った存在。先代の紅には、野江たちのような存在はいなかった。野江、都南、佐久の三人はまだ若く、大きな力をもっていなかった。遠次と惣次が先代の紅を支え、赤影が紅を守ったのだ。先代紅と死んだ身元不明者は二十人。二十人の赤影が先代紅と共に命を捨てた。赤影は紅の刃であり、紅を護る存在なのだ。