始まりは赤い風から(2)
紅城に帰った悠真は、紅城に戻る途中から限界だったのだ。すぐに眠りについてしまった。暑さで目が覚めたとき、どのくらいの時間がたったのか分からなかった。目覚めた悠真の近くには、秋幸が座って眠っていた。外は暗がり、夕方のようであった。
「秋幸?」
悠真が呼ぶと、彼はすぐに目を覚ました。
「ああ、悠真。大丈夫か?」
秋幸は柔らかく微笑んだ。
悠真は自らの体を見た。雨に濡れて泥だらけの体と着物はそのままだった。秋幸は悪戯めいて笑った。
「起こすの、悪いと思ったからそのまま寝かせておいたんだ」
紅城の白い布団は土で汚れていた。義藤が見たら卒倒しそうな状況だが、もともと田舎育ちの悠真はさほど気にならなかった。
「俺、半日も寝ていたのか」
悠真がつぶやくと、秋幸は笑った。
「一日と半日だ。よほど疲れていたんだな」
悠真は外を見た。紅城は静寂に包まれている。夜はまだ、過ごしやすい。これから近づく夏の暑さを待っているような空気だ。
一日半も寝ていたのだと思うと、時間を無駄にしたような気持だった。悠真は一日が大切だった。悠真は優れた術士になりたい。強い術士になり、紅らを守る力を手にしたい。無色を持つ悠真は、紅に迷惑をかける存在だ。紅に負担をかけないようにするには、悠真が強くならなくてはならないのだ。悠真はこの火の国が大好きだから。一日寝るのなら、強くなるよう鍛錬を積みたかった。悠真は同世代の秋幸や冬彦にも大きく後れを取っているのだから。
「すっかり、時間を無駄にしてしまったんだな」
悠真がつぶやくと、秋幸が答えた。
「そうでもないさ。皆、疲れている。義藤もまだ目覚めない。黒の色神も紅も調子が悪いらしい。きっと、赤丸もだ。今、紅城を動かしているのは、野江と都南と柴だ。実質、彼らが官府の片づけを命じたり、官吏との調整を行っている」
悠真は秋幸を見た。不思議と、秋幸が口にする赤丸の名には特別な感情が読み取れた。
「秋幸は、赤丸に会いたかったのか?」
思わず悠真は尋ねた。下村登一の乱の後、赤丸と義藤は表と裏を入れ替わっていた。再び義藤が表に戻ってきたのち、秋幸が少し寂しそうな表情をしたのが悠真の胸に残っていた。そして、下村登一の乱のとき、秋幸は赤丸と義藤が入れ替わったのに気づいていた。