緋色の心(10)
あまりにも危うくて、野江は都南を見ていた。
――手のかかる子。
野江は心の中で悪態をつくと、ゆっくりと立ち上がった。出来るだけ美しく優雅に立ち上がると、赤い羽織を正して、優雅に足を進めた。白い足袋の出し方、畳の縁のまたぎ方、背筋の伸ばし方、視線の位置、優雅さと美しさを出すにはすべて決まっている。己の見せ方の方法は、野江が幼いころより叩き込まれたことだ。今は、何も気にせず動いているが、少し意識すれば体は自然と動く。
優雅に動いたのには理由がある。それが、求められる陽緋野江の姿だからだ。歴代最強の女性陽緋。世間が野江に抱く期待と印象は決まっている。
「いい加減になさいな。ここは紅様の前。あなたが感情に任せるのならば、あたくしは陽緋として朱将に挑まなくてはならないわ」
野江は背筋を伸ばし、優雅に足を進めながら朱塗りの刀に手を伸ばした。もし、剣術で挑めば、野江は都南に敵わないだろう。野江の力は術の方が大きい。剣術だけで都南と戦おうなど、無謀でしかない。所詮、女性である野江は腕力で都南に劣る。だが、野江はこの場で術を使うつもりはなかった。着飾った紅は、紅としての権威を表すために演じている。そんな紅の前で術を使うなど、失礼極まりない。
「俺の何が感情に任せていると?陽緋殿」
都南の目は強い。苛烈で、怒りを表している。野江は可能な限り優雅に歩き、可能な限り美しく歩き、刀の柄を握りしめた。
「お二人とも、落ち着いてください」
義藤が落ち着いた声で言った。義藤は品が良い。その品の良さは誰もが知っている。流れるような所作の美しさは、野江のように教えられたものではなく、彼自身の内面的なものだ。
「二人とも、俺を侮っていないか?」
都南の低い声が響いた。空気がぴんと張りつめ、その場の者が身を固めるのを野江は感じた。
「侮ってなどいないわ。あたくしは、あなたの力を知っているのよ。だからこそ、あたくしは、ここで刀を握っているの」
野江は赤い羽織を正した。都南は強い。その強さは一緒に戦ってきた野江ならよく分かっている。
都南の刀の柄を握る手に力が入っていた。浅黒く厚さのある手の筋が浮き上がっているから間違いない。
「落ち着いてください」
義藤が再び言った。野江が視線を動かすと、二人の官吏が怯えていた。体を小さく震わせている。野江は義藤の白い肌がいつもより青白く見えた。
「お前たちいい加減にしろ」
大きな声が響いた。大きな足音と共に前に出てきたのは柴だった。柴は赤い羽織を肩からかけて、刀の柄を握る野江と都南の手首をつかんだ。彼は先代の陽緋であり、先代の朱将である。これまでの戦いの経験は彼の中で生きている。
「都南、野江の言うとおり、今のお前は落ち着きに欠ける。それで朱将とは笑わせる。野江、お前もお前だ。余裕がないのが顔に出ている。そして、義藤。お前は無理をしすぎだ。少し、休め」
柴は強く握った野江と義藤の手を放すと、義藤の頭を軽く撫でた。
――敵わない。
野江は思った。