緋色の心(4)
野江は二年前を思い出した。術士としても優れた力を持っていた都南が、命と引き換えに術の力を失った時のことを。あの時、都南は何も話さなかった。野江は都南と自分が似ていると思っていたから、術を使えなくなった都南に何の言葉もかけることが出来なかったのだ。術士として生きることで都南は人生を切り開いたのだろう。野江が術士でなければ生きていけなかったように。だから術士でなくなった都南は、深く傷ついていた。心に余裕がなく、自ら命を絶ってしまいそうであった。柴が都南を救わなくては、今、都南という人は紅城だけでなく、この世にいなかったかもしれない。
今の都南は違う。未だ、苛立つということは、都南の心はここにある。佐久との依存関係にありながらも、未だ心はここにある。野江はそれに安心した。
「都南、あたくしは安心したわ」
野江は都南に言った。都南は驚いたように目を見開いて野江を見て、そっと笑った。猛獣のような都南は本当に子犬のような表情を見せたのだ。
「何を安心したんだ、野江姉さん」
都南が笑いながら言い、野江は思わず息を呑んだ。たった一つの都南の言葉が、野江を回想の世界へと引き込んだ。
――野江姉さん。
昔、野江と都南、そして佐久が幼いころ、都南と佐久は野江をそう呼んでいた。わずか一つの年の差で、彼らは、そう呼んでいたのだ。いつの頃か、呼ばなくなったのは、二人が野江に近づいてからだ。出会ったころは、野江を慕っていたのに、同等の力を得てからは好敵手となっていたのだ。陽緋と朱将と朱護頭を取り合って、互いを高めあう好敵手となっていたのだ。
同時に思い出されるのは、野江らを見る先代の紅の姿だ。
――同世代で、これほど力を持つ術士が集まるなんて、それはそれは珍しいことだな。だたな、大人になるのを急ぐなよ。時を待て。お前たちの才能は本物なのだから。それまでは、柴が踏ん張るさ。だからな、大人になって優れた力を手にしたら、柴をこの重圧から自由にしてやってくれないか?
野江たちが術や剣術を競う姿を見るたび、先代の紅は笑っていた。幼いころは、決して超えることが出来ないと思っていた柴。その柴をいつの間にか超え、野江たちは大人になった。
「野江、俺たちは紅を守る。それは変わらないだろ」
まるで、何かを確認するように、都南が野江に言った。だから野江は、まっすぐに前を見つめて答えた。
「当たり前でしょ。あたくしたちは、強くなったのだから」
すると都南が低く笑った。
「十数年前、俺と、佐久と、野江で約束した。その約束は変らない。たとえ、義藤が俺たちを超えようとも、俺たちの約束は変らない」
都南が低い声で言った。野江は都南と自分が同じ方向を向いているのだと感じていた。都南も前へ進もうともがいている。きっと、都南も感じているはずだ。義藤が己を呼びに来たという異変を知り、佐久の身に何かが起こったのではないかと不安を覚え、紅が紅の間に仲間を集めたことに焦りを覚えている。義藤ら若い世代が成長し、追い越され、役目も立場も、信頼も失ってしまうのではないかと、不必要な過去の遺物になるのではないかと焦っている。同じように紅城で生きる場所を見つけて、同じ目標に向かって、同じ時代を生きたから、野江は都南の気持ちが想像できた。
「大丈夫よ、都南。あたくしたちは、確実に前に進んでいるのだから」
野江も都南と同じだ。都南と違い、術を使えても、都南と同じだ。