緋色の心(3)
紅城の階段を野江は上った。悠真を連れて上ったのが、随分と昔のことのように思える。紅が、紅の間に人を招くことはあまりない。彼女は好き勝手に紅城の中を動き回っているのだから、あまり必要がないのだろう。かつての時代は、紅が外に出るには、赤影が使う裏の道を使うしかなかった。だからかもしれないが、紅はあまり外に出ない。ふつうの民は外に紅が外に出ることを知らないから、尚のこと紅を神秘的な神として見る。色神なのだから、人間でないと勘違いするものが多いのも当然だ。
歩いていると、廊下の角で都南と出会った。都南はずんずんと前を歩き、その後ろを義藤が優雅に歩いていた。義藤はどことなく品が良い。それは、彼自身の生まれ持ったものだ。都南は歩きながらも刀の柄を握りしめている。一体、何に苛立っていると言うのか。都南と長い付き合いだから、野江は想像が出来ていた。きっと、佐久がいないことに不安を覚えているのだ。不安だから、苛立っている。そういう理由だ。義藤も顔色が優れない。表情は冴えているのに、疲れが色濃く顔に出ている。紅が無茶をさせたことは容易く想像できる。
廊下を歩く野江と鶴巳。そして都南と義藤。野江と都南は角で出会い、並んで歩いた。
「随分と機嫌が悪いのね、都南」
野江は都南に言った。都南は赤い羽織をなびかせながら、ぐっと眉間にしわを寄せた。
「機嫌は絶好調だが?」
都南の声は低い。何にも触れるなということだ。都南は初めて会った時から単純だ。佐久の方が食えない奴で、佐久がいないと都南は不安そうな表情を見せる。まるで、飼い主とはぐれた飼い犬のようだ。都南は猛犬だが、しっかりと躾けられた猛犬だ。その猛犬を躾けたのは、もしかすると佐久なのかもしれない。佐久が躾け、先代が仕事を与えた。野江はそんな想像を膨らませた。
「本当かしら?まるで、不安に襲われながら雨に濡れる子犬のようよ」
野江はそこまで言って、わずかに後悔した。都南の目が、真に不安そうに曇るからだ。
「野江」
後ろから、囁くように鶴巳が野江を呼んだ。言いすぎだ、と言いたいのだ。野江は言い過ぎで、口が悪いから。
「俺は子犬じゃねえ」
都南の声は低い。その低さはいつもの通り。苛立つぐらいで済めばいい。人は本気で追いつけられると、苛立つこともできなくなるのだから。都南の心には未だ余裕がある。