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一色  作者: 相原ミヤ
火の国の夏に降る雪
355/785

雨の中の白(12)

 ソルトの体は極端に弱い。弱くて、消えそうになる。それは、幾多の実験の末の結果だ。

「どうした?」

冬彦は何も知らない。目の前にいる氷の人形が、なぜ誕生し、どのようにしてソルトとして生きてきたのか、冬彦は何も知らないのだ。

「私は、ソルト」

ソルトは言い聞かせた。そうしなければ、自分自身が壊れてしまいそうだったのだ。命を選択する重圧も、ソルトをソルトであらしめる糧なのだ。言い聞かせて、己の精神を保つ。それに失敗した過去のソルトが、何人も命を失った。いつまで、己の精神を保つことができるのか、ソルトには分からなかった。今はただ、アグノが支えてくれるから、ソルトは生きていられるのだ。

「私はソルト」

ソルトは言い聞かせた。ソルトであるから、命の選択をしなければならない。しかし、ソルトであるから実験台から人になった。

「そうだな」

一つ、声が響いた。それは、まだ幼さの残る声。日の国に生きながら、白を持つ冬彦の声だった。

「あんたは、そるとだ」

冬彦の言葉が白い色とともに広がる。白を持つのに、冬彦は冷たくない。アグノのように暖かいのだ。アグノが低く笑い、小枝を拾って土に書いた。


――ソルト、アグノ


紫の石は、雪の国の言葉を火の国の言葉に変える。しかし、スペルを伝えてはくれない。きっと、冬彦の名がソルトにとって聞きなれないように、冬彦にとってソルトの名は聞きなれない。冬彦はスペルを見て、笑った。

「なるほど、雪の国ではそんな字を書くんだな。なんだか、複雑で面倒なもんだ」

暖かな白は、ソルトの心を和ませた。


ポツリ、ポツリ


その時、ソルトの髪に水滴が付いた。

「降り始めたか」

冬彦が低く言った。

「梅雨は、未だ明けねえか」

冬彦の白が陰った。まるで、苦しみの中にいるようだった。

「雨が嫌いなの?」

ソルトが尋ねると、冬彦は苦笑した。

「雨は、俺の罪の象徴だ。俺は、青の石を使って多くの命を奪った者の一人だから」

雨は次第に強さを増し始めた。そっと、アグノがソルトにフードを被せた。


 火の国の雨は雪の国と違う。雪の国のように冷たさはない。


「ソルト、体に障ります」

アグノが優しくソルトに語りかけた。

「分かっているわ」

ソルトは答えて、雨空を見上げた。黒の気配は消えていた。黒が何を思っているのか、ソルトは知らない。今の黒の色神の噂は、雪の国にも届いている。戦乱の国を統一した実力者だ。黒の色神に狙われれば、火の国も只では済まないだろう。この火の国が滅ぼされるところなんて見たくない。ソルトは雨のなか、そう思った。


――もし、火の国を救う手助けをすれば、冬彦は彼の持つ白い一色をソルトに向けてくれるだろうか。


ソルトは思い、目を閉じた。ソルトの中に、アグノの温もりとは別に冬彦の色が輝き始めた。それは、ソルトが初めてもつ感情であった。

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