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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の傷(3)

 紅を見ていると、悠真の世界が赤く染まっていった。きっと、悠真は紅に惹かれているのだ。紅の鮮烈な赤色に惹かれているのだ。多くの傷と涙を隠し必死で生きている紅が悠真の心を赤く染めていくのだ。

――我が紅は、美しかろ。

気づけば悠真の横に赤が立っていた。赤い目がひたと悠真を見つめていた。

――いけ好かぬ紅もおった。わらわは色でしか紅を選ばぬからの。紅になった途端、態度を翻し横柄になる者もおる。紅になった途端、仕える術士たちへの礼儀を忘れる者もおる。歴代の紅は、平均して五年で入れ替わるのじゃ。短い者は一年と持たぬ。

赤は悠真のあごを掴んだ。

――無知な術士らは、紅を殺すのは官府だけだと思うておるようじゃが、紅を殺すのは官府だけでない。わらわが、殺した紅も数しれず。我が色は強い色じゃ。我が器が下らぬ人間であれば、我が色が下らぬ色となってしまうじゃろ。だから、わらわが紅を殺す。

悠真は息を呑んだ。赤の言葉は真実に違いない。その声が強く、偽りを含んでいないことは鈍感な人間でも分かるだろう。色神紅を選ぶんは赤だ。赤は色神紅を選び、赤色を強めようとする。赤の利益にならぬ紅を己の手で殺し、方や守ろうとする。悠真は義藤と言葉を交わす紅に目を向けた。

――されど、わらわが守ろうと願っても、愚かな人間の手によって殺される紅もおるのが事実じゃ。先代の紅がその代表じゃ。わらわが守ろうと願っても、わらわ一人では守れぬ。先代紅にわらわは何の不満も抱いておらなじゃった。されど、愚かな人間は先代紅を殺したのじゃ。先代紅が赤丸と共に死した時の哀しみが、小猿に理解できるか?小猿は我が紅を守ることが出来るのか?我が色に染まれ。さすれば小猿は我が紅を守る力を手にする。二年前のような事態もおこらぬ。紅を守る力を持つ存在が傷つかずに済む。小猿、忘れるな。我が色に害なすならば、わらわは小猿を守らぬ。色は己の利益のためにしか動かぬのじゃからな。

赤が横柄に笑った。先代紅の話は何度も耳にした。遠次や惣次だけでなく赤の仲間たちは先代紅を思い、先代紅を守ろうとしている。官府が他国との戦争に強要し、戦争を反対し暗殺された先代紅。赤は先代紅を守ろうとし、守りきれず死なせてしまった。赤は方や紅を殺し、方や信頼する紅を守ろうとする。赤は己の意思で生きているのだ。二年前のことを悠真は知らないが、赤の仲間たちが隠そうとするほどの傷がとても深いものだと悠真は感じた。悠真の目の前にいる紅も多くの修羅場を生き抜いてきた存在なのだろう。先代の紅に忠誠を誓っていた赤の仲間を己の仲間としたのは、彼女の人柄にあるはずだ。紅の人柄は悠真は垣間見てきた。紅が持つ赤色を悠真は見ていた。

――小猿も、己の色に殺されぬようにするのじゃな。

悠真は赤を見つめた。赤という色を計り知れずにいたのだ。赤色の本質が分からずにいた。赤が悠真の前に姿を見せ、悠真に語りかけ、悠真に力を貸してくれるのは全て赤自身のため。その赤が紅を守ろうとしているように感じるのは、悠真が赤と言葉を交わしたからだ。強く、己に絶大な自信を持っているような赤が、紅を守ろうとしている。赤は紅のために悠真に力を貸しているのかもしれない。

――おっと、小猿の色がわらわを追い出そうとしておる。小猿、覚えておくのじゃ。我が色に染まれ。わらわのためにならぬ存在を、わらわが守る義理もなく、我が紅や我が紅を守る力存在を危険にさらす必要もない。我が色に染まらぬのなら、わららは小猿を守らぬ。わらわが、小猿を気に掛ける必要もあらぬ。

赤は身を翻して言った。

――小猿、忘れるでないぞ。わらわが小猿を守る理由。わらわが小猿に我が色を貸す理由をな。

赤の華奢な後姿は、どこか紅と似ていた。悠真が赤色に心惹かれるたびに、悠真を止める声がするのだ。

――駄目よ、悠真。駄目よ悠真。あなたは色を選んでは駄目。赤に惹かれては駄目。紅に守ってもらいなさい。それでも、赤に惹かれては駄目。

悠真は自分が何なのか分からなくなっていた。悠真は術士の才覚に見放された田舎者の小猿だ。その小猿が故郷を失い、紅城に放たれて、その上夢か幻かも分からぬ赤に出会い、自分が何なのか分からなくなり始めていた。どうして急に色が見えるようになったのか、どうして赤が悠真の前に現れるのか、悠真を止める無色な声は何者なのか、悠真は何も分からなかった。その答えを誰かに聞きたかったが、それは許されないことのように思えた。悠真は大きな力の波に呑まれているのだ。その波からは抜け出すことが出来ない。後は、溺れるのを待つだけなのだ。赤の仲間の一員にもなれず、故郷にも戻れない。大きな流れに呑まれて、悠真はどうしようもない気持ちになった。

――大丈夫、大丈夫よ。悠真。

無色な声が悠真を抱きしめた。声で、悠真を抱きしめた。その声は、何の色も持っていなかった。


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