雨の中の白(3)
アグノはソルトを庇った。倒れながらも、ソルトを庇い力強くその腕で抱きしめてくれた。叩きつけられても衝撃が少ないのは、アグノが抱きしめてくれたからだ。アグノの腕の中で、土を近くに感じながら、ソルトは逃げる人々の足を見ていた。アグノを踏みつける人もいる。ソルトの手に生温かいものが触れた。見ると、馬車と接触したアグノの背から赤い血が流れ出している。
「アグノ」
ソルトはアグノを呼んだ。しかし、アグノから返事はない。白の石を使わなくてはならない。ソルトはそう思った。ソルトは白の色神だ。命を選ぶことが出来る色神だ。火の国に足を運んでからも、ソルトは毎日白の石を生み出し続けている。アグノを救うことが出来る。
ソルトは手を伸ばした。白の石に触れて、アグノを救うために。しかし、人の流れの勢いが強く、手が届かない。アグノはソルトをいつも助けてくれている。守ってくれている。ソルトは命を選ぶ力を持つ白の色神。白の色神であるソルトが、アグノを死なせることは出来ない。アグノがいなければ、体の弱いソルトは自由に動くことが出来ないのだから。
人が走り、埃が舞う。ソルトの口に砂埃が入る。その中、ソルトは声を聞いた。
「大丈夫か?しっかりしろ」
声は若い声。容姿はよく見えない。
「くそ!」
声は悪態をつき、ソルトの前にしゃがんだ。人の流れは遠慮なくアグノと声の主の横を通り抜ける。
「許してくれよ、紅。勝手に出たことも、勝手に石を使ったことも」
若い声はそう言った。間違いなく、それは赤の術士の声なのだ。赤の術士のはずなのに、辺りを覆ったのは黄だった。黄の力で道の土は盛り上がり、倒れるアグノとソルト、そして赤の術士を覆う鎌倉となった。人の混乱が落ち着くまで、さほどの時間はかからなかった。
アグノの腕の中、ソルトの意識はぼんやりとしていた。アグノが死ぬのではないかという大きな不安があったのだ。さすがの白の色神といえど、死者を蘇らせることは出来ない。
(アグノ……)
ソルトは心でアグノの名を呼んだ。しかし、声が出なかった。悲しく、痛く、辛かった。
「大丈夫か?しっかりしろよ」
声が響いた。よく見えない目で、ソルトはその声の主を見上げた。その時、溢れかえる白を感じた。活気があって、勢いのある白。ここは火の国。赤の色が濃い。なのに、ソルトは白を見たのだ。
なぜ……
遠い異国の地で、ソルトは白を持つ者を見た。