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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の傷(2)

 障子を開いて外に飛び出した悠真は、外廊下に立ち尽くした。都南と義藤の手合わせと、野江が二人を止めるために使った紅の石の力によって、中庭は先ほどまでの高貴な静寂さを失っていた。中庭まで、義藤が片付けていることが、微笑ましく見えた。

 覗き見をするつもりは無い。けれども、紅と義藤が悠真の存在に気づかないから、悠真は彼らを覗く形になってしまうのだ。紅は中庭の岩に座り、義藤は熊手を使って白い玉砂利を均等に敷き詰めていた。悠真が紅の石を暴走させたときも、義藤は手早く部屋を片付けていた。どうやら、義藤はそういう立場らしい。義藤が生真面目なことは、義藤と出会ったばかりの悠真でも分かるほどだ。それに加えて、赤の仲間の中で最年少という立場が、義藤をそのような役回りにさせたらしい。豪快な都南が片づけをすることも、身体を動かすことが苦手な佐久が片づけをすることも、上品な野江が片付けをすることも、想像するに難しい。義藤が後片付けをするから、近寄りがたい義藤がとても人間味溢れる存在に思えるのだ。抜き身の刃のようなのに、冷たさはなく紅を思う気持ちを隠しきれていない。

「もう、十年になるんだな」

紅が義藤に声を掛けていた。十年。というのは、今の紅が色神になってからの年月だ。紅がしみじみと語っていた。きっと、十年の間、紅と義藤は一緒に歩んできたのだ。悠真には埋めることが出来ない年月だ。

「そうだな、もう十年になる」

義藤は手を止めることなく紅に返した。

「義藤は真面目だから、十年間、一度たりとも私の真の名を呼ばないな。私の真の名を知らぬ野江たちならまだしも、義藤は私の名を知っているのに」

紅は頬杖をついていた。義藤は小さく笑ったが、その手を止めようとしない。白い玉砂利に目を向け、熊手を動かしながら話した。

「あの名を持つ人は、死んだことになり埋葬されているんだろ。両親も、娘は死んだと思い込んでいる。名を呼ぶだけ、寂しくなるだろ。二度と帰ることが出来ぬ生活なんだから」

義藤は紅が色神となる前からの知り合いだ。紅は色神となる前は普通の人間であったのだから、親がいて、名前があるのは当然のことだ。色神となることで全てを失い、これまでの自分は死んだことになる。それは、色神が歩む辛い人生だ。

「義藤は強いが優しいな」

紅が笑いながら言い、義藤は手を止めることなく苦笑した。

「俺は強くないさ。紅、今でも俺は思うんだ。俺は、こうやって紅の横にいて良いものか、と。二年前、紅を救ったのは赤丸だ。赤丸は強い存在だから、赤丸が表の存在になり、紅を守ったほうが良いのではないかと、ずっと考えているんだ」

すると紅は立ち上がり、義藤に歩み寄った。

「赤丸は強いさ。赤影は、色神紅が持つ刃で赤影の頂点に立つ赤丸は色神紅が持つ最も鋭い刃だ。朱護や朱軍は色神紅が持つ盾だから、根本的な存在意義が違うんだ。――赤丸、そうだろ」

紅が空に向かって声を掛けた。人影は見えないが、そこに赤い色が満たされるのを悠真は感じた。

「ほら、赤丸は私の近くにいる」

満たされる赤は、赤丸の持つ色だ。その赤は、己を押し殺している色だった。己を押し殺すことに長けているのか、一色の特徴はあまり感じられない。義藤は何も見えないのか、空を見上げて紅に言った。

「今夜、何があっても赤丸を近くから離すな。俺が囮になると決めたのは、紅の近くに赤丸がいるからだ。赤丸は誰よりも強い存在だから。赤丸がいれば、紅は安全だ。大丈夫、敵の正体を掴んで追い詰めろ。火の国の民を守るには紅の石を有効に使う必要があり、紅の石を有効に使うには紅の命を狙う正体を掴み、正面から追い詰めなくてはならない。紅、何があっても焦って踏み誤るな。正面から敵の正体を掴み、証拠を突きつけるんだ」

義藤の声は強く、揺ぎ無い石が溢れていた。そこで悠真は義藤の真意を知ったような気がした。悠真は義藤が囮になるのは紅を守るためだと思っていた。けれども、もしかしたら義藤はもっと深いところまで考えているのかもしれない。敵を殺すのでなく正体と証拠を掴み追い詰める。その根源まで辿ろうとしているのだ。官府がとかげの尻尾のように一部を切り落として逃れることが無いように、根源まで辿って証拠を掴んで正面から追い詰める。悠真は義藤の覚悟が恐ろしく感じた。その義藤の言葉が悠真の胸に残った。

「幼いころ、俺は沢山のことを憎んでいた。色神紅を憎み、自分の生い立ちを憎み、近くにある物だけを守ろうとしていた。でも、紅と出会って変わったんだ。紅は色神となる前から、世界を美しく見ていた。きっと、紅の目に映る世界は、俺が見ている世界と違う。世界は輝いているんだろう。そんなことを思っていたんだ。紅は昔から、俺たちが守りたいと思っていた存在。守りたい小さな存在。紅が色神とならなければ、俺は隠れ術士として生きていただろう。紅が色神となったから、俺は正規の術士として歩む道を得て、紅という色神を憎む気持ちを失ったのさ。野江たちが認める先代紅を、俺も認めることが出来た。そして、叶わぬことと知りながら、会いたいと願うほどだ。俺は今、紅城で生きることが出来て感謝している」

義藤を満たす赤色は、とても優しい色だ。強いが優しい色。紅が義藤のことを「強いが優しい」と称していた理由は、きっと義藤の色を見てのことだろう。人が持つ一色は、同じ色は存在しない。色は偽ることなく、その人の人柄を表現するから。

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