藤色の兄弟(8)
雨の日、泣きじゃくる幼い秋幸の手を引いていたのが深い傷を負った忠藤だった。何があったのか、誰も知らない。
――忠藤が助けてくれた。
秋幸のその言葉から、何かしらの事故に巻き込まれた秋幸を、忠藤が庇い傷を負ったのだろう。皆、そう思っていた。秋幸も忠藤も深く語らないから、全て推測の話であるのだが。
忠藤が顔を覆っていた手を下ろし、その目で義藤を見つめた。
「それは、俺が始めて厄色を使った時だ。色の力を収束させた。それ以上は、例えお前であっても深入りするな」
忠藤の目は、鋭い獣のように強かった。
厄色について、義藤はあまり知らない。ただ、忠藤がその色を持っていて、その色は赤の力を収束させることが出来るのだということは分かっている。色に厄をもたらし、色から疎まれる存在。それが厄色を持つ忠藤だ。義藤が背を負い続けていた忠藤だ。な忠藤を超えようと、忠藤より強くなろうと、義藤は走り続けていたのだ。都南と手合わせをするとき、野江と術を競うとき、義藤は常に忠藤を思い浮かべていた。忠藤に勝てずして、義藤は一流の術士となることは出来ないのだから。しかし、忠藤の幻影は常に義藤の前にいるのだ。いつも、義藤はその幻影の背を追うのみ。どれほど努力しても、どれほど己に厳しくしても、義藤は忠藤を超えることは出来ない。こうやって、忠藤は義藤を遮ってしまうのだから。
「俺は、いつも忠藤を追っていた」
ぽつりと呟いた、義藤の言葉に、忠藤はげらげらと品なく笑った。そして、傷ついた手で義藤の手首を掴んだ。その動きは早く、握る手の力は強かった。
「ふざけるなよ、義藤。俺はお前の居場所を奪った。俺が生きるためにな。そんな、辛そうな顔をするなよ。俺が、義藤を苦しめているみたいだろ。――今、赤影は四人だけだ。だから、俺のことをとやかく言う者はいないが、赤丸になった当初は随分と責められたものさ。赤山がいなければ、俺は赤影を追放されているか、殺されていた。俺のことを嫌う者は口をそろえて言ったさ。義藤を赤丸にと。お前は、先代の赤丸に、俺たちの母に良く似ているから。運命の流れは不思議なもので、二年前の戦いでそう言っていた者は皆死んだ。赤山は俺たちを生かすことを決めた者だ。そして、赤星は母の親友の犬だ。それに、赤菊は俺に懐いていた。まるで、俺の持つ厄色が俺を嫌う者を殺したみたいだ。俺が、紅に危険をもたらし、佐久や都南の力を奪ったみたいだ。だが、義藤。俺は生きる。死にたくないからだ。それは、とても利己的な願い。その願いのために多くの命を傷つけていても、俺は生きる。己の命を大切に出来ない者が、国や大切な人のために何かを為すことが出来るはずないだろ。俺がこの命を捨てるのは、紅と火の国、そしてお前のためだけだ」
忠藤の目は強い。幼い頃から、義藤は忠藤が見ている世界が、自分が見ている世界と違うのだと感じていた。忠藤は時に高いところから世界を見ているように感じるのだ。義藤にはよく分からない。己の命が紅を不幸にするかもしれない。現に、多くの人を不幸にしたかもしれない。しかし、それでも生きたい。生きなくてはならない。なのに、他者のために命を捨てると言う。義藤には理解できない。
忠藤は、ゆっくりと語った。
「義藤、頼みがあるんだ」
その声があまりに静かで、あまりに深い響きを持っているから義藤はその言葉に聞き入ってしまった。