藤色の兄弟(7)
急に二人残されると、気まずい雰囲気だけが残った。すると、忠藤は一つ義藤に言った。
「義藤、水を取ってくれないか?」
それは、赤丸という仮面を捨てた、忠藤の姿だった。義藤は水差しから湯飲みに水を入れると、半身を起こした忠藤に手渡した。すると忠藤はそれを口に含むと、その辺りの畳の上に湯のみを置いた。義藤は置かれた湯飲みをとると、盆の上に戻した。突然、品なくげらげらと笑い出したのは、忠藤だった。忠藤は優しい天才肌だ。恐ろしいほど頭が切れるのに、物事に無頓着な面がある。畳に水の染みが出来ることなんて、気にしない。傍目では分からない。普段は、優しい仮面を被っているから。忠藤は昔からそうだった。
「お前、紅の近くにいすぎて、几帳面さに拍車が掛かっていないか?」
なんだか、馬鹿にされたようで義藤はわずかに腹を立てた。今まで整えていた足を崩したのは、それが忠藤だからだ。義藤はそんな忠藤を見て答えた。
「それほど変わっていないさ。俺は、忠藤と違うからな」
忠藤は再び布団の上に身体を戻すと、天井を見上げたまま言った。
「そう、俺たちは違う。俺は、何度もお前を羨ましいと思ったさ。言わなくても分かる。赤山と赤菊、赤影は先代の赤丸を知っているからな。先代の赤丸は、物事にとても丁寧な人だった。きちんと物事を管理している。一方俺は、物は無くすわ壊すわ、最悪さ。何度、赤山に溜め息をつかせたことか、数え切れない」
そして、忠藤は笑った。
「いつも、見ていた。義藤を。義藤が都南と手合わせをするとき、俺は都南と俺を重ねていた。未だ、負けたりしない。義藤にはな」
それは、負けず嫌いの忠藤らしい。もちろん、義藤も負けず嫌いだ。それは、忠藤も同じ。そして、忠藤は言った。
「守れよ、紅を。紅を守れるのは俺じゃない。義藤だ。俺は嫉妬しているのさ。義藤、お前にな。だって、あの時……」
と忠藤は言いかけて口を閉ざした。まるで、教えまいとしているようであった
「何、隠しているんだ?」
義藤が尋ねても、忠藤は笑うだけだ。
「いや、紅の奴、肝心なところで俺と義藤を間違えやがったんだ。それだけさ」
忠藤は笑い、手で顔を覆った。両手に巻かれた包帯に滲む血が痛々しい。そういえば、昔忠藤はこのように手に怪我をしていたことを、義藤は思い出した。
「忠藤、お前、その手は?」
尋ねると忠藤は手で顔を覆ったまま答えた。
「厄色の証のようなものだ。色の力を収束させると、手が痛む。きっと、この手から色を吸収しているんだろうな」
忠藤は傷のことなんて気にしていない。昔から、無頓着なところがあるのだ。
「忠藤、そういえば、昔、大怪我をしたことがあったよな。その時も、こうやって手に怪我をしていた。同じように」
義藤は昔のことを思い出した。