藤色の兄弟(1)
義藤には兄がいる。生まれてから十三年間、常に一緒だった兄だ。名を忠藤という。忠藤と義藤の二人あわせて「忠義」という字になる。きっと、義藤の両親は、息子たちに忠義を尽くして欲しかったのだ。
一体、誰に?
そんなこと、義藤は分かっていた。
義藤が己の命の起源を知ったのは、偶然だ。義藤らの山での生活は、婆様と女術士によって支えられていた。女術士は、義藤らを連れてきた存在だ。春市も、千夏も、秋幸と冬彦も連れてこられた。義藤と忠藤、そして春市と千夏は女術士をつけたのだ。女術士は姿を見せるたびに婆様と話していた。それは、義藤が五つか六つのころ。その二人の会話を盗み聞きしたのだ。その時の会話の詳細は覚えていないが、一言だけ、その一部分だけは覚えている。
(忠藤と義藤は元気?)
女術士は、二人を気にかけていた。
(私も、彼も二人を気にかけているのよ)
婆様は女術士に言った。
(二人を迎え入れるつもりは無いのか?二人なら、赤影としても立派に戦える)
女術士はゆっくりと語った。
(確かに、今の赤影は力不足よ。先代の紅の暴挙で、多くの赤影が命を落とした。もちろん、それはあなたも知っているでしょう。だから、私は影の目を使い、術士の才覚のある子供を集め、あなたに託した。義藤と忠藤の二人と共にね。あなたには、忠藤と義藤を立派に育ててもらいたい。己の身を己で守れるようにね)
婆様は諭すように言った。
(赤丸、二人に会っていけ。そして、二人を赤影に入れるべきじゃぞ)
赤丸と呼ばれた女術士は首を横に振った。
(私も、彼も我が子に会うことが出来ないわ。だって、紅と赤丸の子供なんて、何に利用されるか分からないから。彼らには、親の後ろ盾が無いほうが良いの)
そう、義藤と忠藤は紅と赤丸の息子たちだったのだ。
事実を知ったからといって何も変わらない。義藤たちは、それを公にしてはならないと幼心に知っていたのだ。
婆様が命を落とし、義藤ら町に隠された。おそらく、赤丸の差し金だ。ということは、義藤らが隠された家も、赤影や紅と関連のある家なのかもしれない。
十三のころ、義藤の父であった先代紅と、母であった先代赤丸が殺された。皮肉なことに、義藤らは術士の道を歩むのだ。
義藤は赤い海の中にいた。海は温かく、優しいが強さを持っていた。なんとなく、これが忠藤の色なのだと思った。
「忠藤」
義藤は忠藤を呼んだ。いつも義藤の前に立っていた兄だ。
「忠藤」
十年前に、忠藤が赤影に入った時、義藤は彼が死んだと思っていた。それは、孤独の海に突き落とされたような悲しさだ。息苦しさの中に義藤はいて、もがきながら兄の名を呼んだ。
「忠藤」
そう、近くにいるのに会えない存在だ。