無色を守る赤(3)
黒の色神が唐突に天井を見上げて笑った。そして、身を乗り出すと不敵に微笑んだ。
「それが、火の国の強さだな。俺は分かったよ。赤を見て、赤の色神を見て、赤の術士を見て、分かったのさ。他人を信じること、仲間と共に歩むこと、宵の国に必要なのはそれだ。答えを教えてもらった。礼を言う。――それで、赤の色神殿。俺は、火の国をかき回した。それは、罰に値する。俺は、罰を受けよう。赤の色神が望む罰を受けよう。一つ、俺の命と宵の国の民の命以外ならば、どのような金銀財宝でも、黒の石でも、出来る限り提供しよう。それで、許してもらえないか?」
そして黒の色神は深く頭を下げた。紅は笑った。
「そんなこと、私に決めることは出来ないだろ。私たちは確かに混乱し、傷ついた。大切な仲間が命を落としたかもしれない。だが、死ぬことはなかった。それに、新たな仲間を手にした。黒の色神ならば、気づいていたのだろう。火の国の弱点を。術士とか官府の対立を。私はこの争いの中で、官府の中に仲間を見つけた。それだけで十分だ」
紅は強い。悠真はそれを思った。紅は知らないが、この混乱の中見つけたのだ。先代紅を殺した者を見つけたのだ。悠真はそれを伝えようと思い、口を閉ざした。伝える必要があれば、赤丸が伝えるだろう。そう思ったとき、黒の色神が口を開いた。
「ならば、俺から一つ助言をしよう。あの、瑞江寿和という男を逃がすな。おそらく、反紅派に繋がっている。大きな敵が未だ、残っているぞ」
黒の色神の助言は的確だ。彼は宵の国の人なのに、火の国について詳しい。
「後一つ、これから無色はどうするつもりだ?」
黒の色神は笑みを浮かべて悠真に尋ねた。困惑する悠真の背を押すように、黒の色神は言った。
「悠真、お前は無色を持つ。無色は、全ての色が欲する色だ。かつて、色は戦争をしていた。それは、人を巻き込む、互いを喰う戦争だ。今は、それぞれが国を持って落ち着いているが、人間の世の情勢は、色の情勢にも関わる。色は覇権を欲する。その鍵は、悠真、無色であるお前だ。黒は無色を巡る争いから手を引こう。今の黒は、生まれ変わったばかりなのだから、無色を求める力もない。黒が言っていた。無色が以前姿を見せたのは、流の国だ。無色の色神は流の国を救うために、己の色を使い、他の色に染まりそうになると自ら命を絶った。お前は、それだけの力を持つ。俺よりも、赤の色神よりも優れた力を持つ。己の身の置き方を考えておけ。色神である以上、年齢は関係ないのだからな」
黒の色神の言葉は、悠真が漠然と考えていた己の存在価値を、強烈に伝えた。この火の国で生きることは許されるのか、願いどおり、火の国で術士として生きることは出来るのか、紅や赤の術士らと歩むことは出来るのか、悠真は分からなかった。確かなことは、悠真の未来は、悠真の手の届かぬところで動いているということだ。それほどの力があるなんて、想像もしていない。自分の命にそれほどの価値があるなんて思えない。悠真は不安の海にいる。いっそ、このまま舌を噛み切って死んでしまいたいと思うほどだ。未来が怖いなんて、己の命が怖いなんて、考えたくもなかった。