赤の涙(1)
紅の激昂で場を収めた都南と義藤の手合わせに、締めくくりの言葉を告げたのは遠次だった。
「若い者たち、一度落ち着く事を覚えろろ。紅の言葉にも一理ある。敵は様々な事情と覚悟を持って紅の命を狙ってくる。その理由は、お前たちに刀を振り下ろすことを躊躇わせることもあるだろう。だが、お前たちは戦わなければいけない。お前たちにも紅を守るという強い信念があるからな。死すことを覚悟で挑む者は強い。その事実は義藤の行動で証明された。敵も死すことを覚悟して挑んでくるのなら、お前たちは苦戦を強いられるだろう。二年前のように、多大な犠牲を支払わなくてはならないかもしれない。二年前のように、多くのものを失い、傷つかなくてはならないかもしれない。二年前のように、未来を閉ざされ、運命を捻じ曲げられるかもしれない。それでも、お前たちは今夜、紅のために戦うことを決意し、二年前に紅を守るために戦い、傷つき、多くのものを失った事を後悔していないだろう。わしも後悔しておらん。惣次が死んだことも、受け入れておる。それが、我らが歩む道なのだ。――そして紅、覚えておけ。わしらはお主を守る。命を失うことを厭わずにな。野江、都南、佐久、鶴蔵、そして柴もお主のために戦い続けるだろう。それはお主が色神だからではない。なぜ、抽象的な存在に命をかけねばならぬのだ?わしらが戦うのは、お主が色神だからだ。色神がお主という愛しい存在だから、色神に命を捧げようと思うのだ。わしらはお主の幸せを願っているのだ」
遠次は柔らかく微笑んだ。その微笑は、紅という人物を心から慈しんでいる微笑であった。微笑んだ遠次はそっと紅の髪を撫でた様子は、まるで父が愛する娘に愛を示しているようであった。
「紅、聞くんだ。わしは多くの紅に仕えた。いけ好かない紅を守ろうとしたこともあった。先代の紅のように、尊敬し守りたいと願いつつも守れぬ紅もいた。わしが紅に仕えるのは、きっとお主が最後だ。心から尊敬していた先代の紅を守れずに死なせてしまい、わしと惣次は生きる意味を失った。だが、お主が紅となった。十歳の幼い娘が紅となり、苦難を強いられた。お主は生きるために足掻き、生きるために強くなろうと願った。お主に命を託す赤の仲間を守ろうとし、新たな紅という存在を作り上げた。――紅、お主は火の国を変えることが出来る。火の国を変える力を持つ赤の仲間たちが、お主に忠誠を誓っておる。紅、落ち着け。お主は必要とされているんだ。紅という肩書きを抜きにしてな」
遠次の手は髪か紅の頬に移り、そっと紅の頬を指で撫でた。同時に紅の目から涙が零れ、彼女は肩を震わせ、震える声で告げた。
「頼むから、命を失わないでくれ。頼むから、私を一人にしないでくれ。頼むから、私の近くにいてくれ。頼むから私と一緒に生きてくれ」
紅の目から、次々と涙が溢れた。
「私は、皆が命を賭けて守るような存在じゃない。私は、ただ石を生み出す力を持っているだけなんだ。私は、何も出来ないんだ。小猿の故郷を壊滅に追い込み、恩ある惣爺を守れず……私は何も出来はしない」
ゆっくりと口を開いたのは野江だった。
「あたくしはね、先代の紅に助けられたわ。天童として、術士の道を強いられ、孤独に苛まれていたとき、先代の紅は鶴巳を紅城に受け入れてくれたわ。あたくしはね、先代の紅を父のように慕ったわ。そして、先代の紅が命を失った後に、あなたに出会ったの。あなたに出会って、あたくしはもう一度決めたわ。今度は、愛おしい存在を守って見せるとね」
都南が言った。
「俺は、二年前の戦いの後に紅城を去る覚悟を決めた。術の使えない俺に、紅城での居場所は無いからな。俺は十の頃から紅城で生きていた。親や兄弟も何をしているのか分からない。俺は、紅城から追い出されることが怖かった。紅、お前はそんな俺を受け入れた。もう一度、朱将として立つ覚悟を決めさせたのはお前だったんだ。俺はお前を守りたい。その気持ちでここまで来たんだ」
佐久が言った。
「紅、僕も都南と同じだよ。二年前の戦いで、僕は術士としての未来を閉ざされてしまったから。でも、そんな僕に紅は未来をくれた。僕を叱咤し、もう一度立ち上がる力をくれた。勉学が好きな僕のために、僕にしか出来ない立場を作ってくれた。きっと僕は紅城の中でないと生きていけない。歩くことさえ苦手な僕が外の世界で生きていけるはずが無いからね。僕はね、紅を守るよ。僕の未来をくれたのは紅だからね」
鶴蔵が続けた。
「あっしは、紅様が好きです。はい。紅様は先代の意志を引き継ぎ、先代と同じようにあっしを受け入れてくれやした。あっしは、紅様と紅様の仲間のために、からくりを作り続けやす。はい」
小動物のような鶴蔵が、しっかりと意見した。最後に言ったのは義藤だった。
「俺は色神が嫌いだった。術士になるつもりも無かったし、紅城へ足を運ぶつもりも無かった。その俺が、ここに立っているのは、お前を守るためだ。俺は、先代の紅のように、お前を死なせたくないから術士になり紅城へ来たんだ」
紅が遠次から離れ、赤の仲間たちを見渡した。そんな紅は涙の中笑った。
「私は歴代紅の中で最も恵まれている」
悠真はその笑顔を心に刻んだ。仲間に対し信頼を示し、仲間のために涙する紅の表情、行動、言葉、声、紅を構成する全てのものが悠真を惹きつけていた。