赤の手合わせ(5)
都南の義藤の手合わせは終盤を迎えていた。右に左にと、刀を振り義藤を追い詰める都南と、必死に防戦する義藤。都南が一方的に義藤を攻め、朱将としての実力を義藤に示していた。
「追い詰められてから、長く食らいつく。強さを願う義藤らしい」
遠次が小さく笑っていた。
火花が散るほどの勝負の中、悠真は紅を守る赤の仲間たちの力をまざまざと見せ付けられた。これが、術士の力なのだ。もし、紅の石を交えた戦いになるのなら、彼らの戦い方はもっと変わるはずだ。これほど優れた力を持つ義藤が、今夜死すことを覚悟している。悠真が復讐をしようとしている相手は、計り知れないほど遠くにいて、悠真には手が届かない。悠真に復讐が果たせるのか、その確証はなく、悠真自身も己の命を愚かな方法で捨てようとしているのだ。
白い玉砂利を踏み荒らしながら、都南と義藤は手合わせを続けていた。二人が激しく打ち合ってから一分もたたない間に、義藤は後方に大きく姿勢を崩した。後方へ大きく姿勢を崩した義藤は、倒れながらも片手を地面につき地に横たわる前に転がり都南の横側に抜け出した。義藤の身体能力は悠真よりも遥かに高く、真剣を目の前にしても恐れることなく戦う、その強い意志が悠真よりも遥かに上だった。
義藤は片手で跳ねるように立ち上がると、寸分の隙もなく都南の懐に飛び込んだ。玉砂利が大きな音を立てて踏み荒らされ、刀を構えて飛び掛る義藤からは鬼気迫るものを感じた。都南も飛び掛る義藤に刀を向け、都南の刃の先は義藤の首を捉え、義藤の刃の先は都南の心臓を捉えていた。都南が一歩後ろに下がるも、義藤は止まらない。
「あいつ!」
紅が小さく強く悪態をつくと同時に、赤が辺りを満たした。
赤の閃光は白い玉砂利を敷き詰めた中庭を満たし、赤の閃光が巻き起こした旋風が中庭を駆け巡った。悠真の頬を強い風が撫で、障子が大きく音を立てた。複数の玉砂利が飛び、障子に穴を空けた。悠真に玉砂利が当たることが無いのは、紅が紅の石の力を使い悠真たちを守っているからだ。悠真が横にいる紅に目を向けると、彼女は不満そうな表情を浮かべながらも、強い目を赤の閃光の中に向けていた。
赤の閃光が収まると、そこには弾き飛ばされて地に倒れた都南と義藤がいた。伏せて倒れる義藤はもがくように身体を起こし、壁にもたれるように倒れる都南は倒れながらも手放さない刀を杖のように立てて立ち上がった。紅の石の力を使い、都南と義藤の間に割って入った野江は乱れた髪を整えるように自らの髪を撫でていた。
「気にくわないな」
紅が立ち上がり、遠次が紅の着物の袖を掴んで止めた。
「紅、おとなしくしていろ。全ては紅を思うが故の行動だ。この手合わせで、紅も義藤の覚悟が分かっただろ」
紅は不愉快そうな表情を見せると、視線を都南と義藤に戻し強く言い放った。
「都南、義藤、勝負はついた。戻って来い。野江もこっちだ」
身体を起こした二人は紅の下に足を進めた。不満そうな表情を浮かべているのは紅だけでなく、野江も都南も同様であった。悠真が後ろを振り返れば、佐久が怯えたような表情を見せていた。
「紅、おとなしくしていろ」
遠次が紅を止めていた。紅が激昂していることは、紅と付き合いの少ない悠真でもはっきりと分かった。
紅のところへ歩みよった三人。義藤だけが目を伏せていた。怒りを露にした紅は、歩み寄った義藤に飛びかかり、胸倉を掴んだ。
「義藤、お前、何を考えているんだ!」
義藤は何も言わず、ただ目を伏せていた。
「紅、お止めなさい」
野江が紅を義藤から引き離そうと、二人の間に入ったが紅の怒りは収まらない。
「義藤、分かっているのか。今の手合わせ、お前、相打ちに持ち込もうとしたな。己の命を捨てれば、格上の存在に勝てると。お前、分かってやったな」
紅は義藤にすがる様に叫んでいた。赤の仲間たちが紅を思うように、紅も赤の仲間たちを思っているのだ。義藤はゆっくりとした動作で紅を引き離すと、乱れた襟元を正した。
「紅、立場を忘れるな。俺は紅を守るための存在だ。そのために強くなり、そのために戦う。紅は踏み越えて行かなきゃ行けない。俺が倒れても、俺を踏み越えて紅は進まなくちゃいけないんだ」
義藤が言うから、紅は荒々しくその場に座った。
「相打ちに持ち込んだところで、己が死ねばそれは負けだ。義藤は最早強い存在。実力者義藤に、敵は命がけで挑んでくるぞ。己の死を覚悟しているのは、お前だけじゃない」
そして紅は苛烈な目で都南を見た。
「それは都南も同じだ。今回、相打ち覚悟で飛び込んだ義藤が悪い。だが、敵が相打ち覚悟で飛び込んできて、そのまま倒されるようでどうする?死を覚悟でお前に挑むものは多い。正攻法でお前に勝てないことぐらい、皆知っているからだ。朱将として、どのような敵であっても、どのような覚悟と事情で敵が飛び込んできても、お前は勝たなきゃいけない。覚えておけ」
紅の声と口調と態度が、彼女の怒りを表していた。