赤の手合わせ(1)
紅城の人々は、個性豊かな人たちだ。いくつもの顔を持ち、気さくに振舞う紅。上品なのに嫌味が多い陽緋の野江。術が使えない朱将の都南。運動音痴で甘味に目が無い佐久。人見知りのからくり師の鶴蔵。彼らを包み込むように見る遠次。彼らは大きな責務を負い、火の国の核となる人たち。本来なら、悠真のような田舎者が言葉を交わすことなど許されない。なのに、言葉を交わすと、彼らも悠真と同じ人間なのだと実感させられるのだ。紅と共に歩むことを決めた赤の仲間たちは、常に紅を気遣っている。きっと、鶴蔵も同じはずだ。
「鶴蔵、いい加減私に慣れろ。お前は先代紅の頃から、この紅城にいるんだろ。出会ってから十年。いい加減慣れろよ」
紅が遠次の甘味をつまんでいた。全ては紅の立場と人柄が許される行動なのだろう。
「紅も、色神となって十年。もう、子供じゃないんだ。いい加減落ち着きを持ったらどうだ?」
遠次に甘味に再び手を伸ばした紅の手を、遠次が軽く叩いた。紅は手を引っ込め、頬を膨らませた。
「良いんだ。私は十分がんばっているからな」
まるで子供のように紅は振る舞い笑った。しかし、直後まじめな顔をして悠真を覗き込んだ。
「さて、ふざけるのはこの辺にしておこう。小猿、よく聞け。私には敵が多い。敵が多い私が赤い色を手渡しているのは、紅城に数人いる」
紅がゆっくりと口を開いた。悠真は辺りを見渡し、赤を許された人たちを見た。
「そこにいる遠爺、野江、都南、佐久、義藤。そして鶴蔵。他にも、加工師の柴もいるが、奴は今頃どこにいるのやら。紅城にいるのは彼ら五人。この広い紅城で私が心から信頼できるのは、この五人。小猿、他の人について行くなよ。他の人に一人でついて行って安全だという保障を私はしない」
紅は微笑んだ。赤は美しく、強く、孤独な色。孤独な人たちが身を寄せ合い、仲間となっている。紅たちは互いの孤独を赤で繋げているのだ。
――赤じゃ
一瞬、悠真の視界が赤に包まれた。赤の世界で、夢で会った赤い女性が浮かんだのだ。
――赤になれ
赤の声が響き、そして消えた。悠真は不気味な感覚を覚えた。赤が悠真を捕らえようとしているように思えたのだ。悠真の一色を赤に染めようとする。
――駄目よ。赤に染まっては駄目。
そのたびに、無色の声が悠真を止めるのだ。赤の仲間は優しく魅力的だけれど、赤に染まるなと言う。悠真はその真意が分からなかった。
赤の色神紅が信頼を寄せる人物が悠真の目の前にいた。彼らは何を思っているのか、悠真には何も分からない。
「夜まではまだ時間があるなあ……」
場の空気を敢えて読んでいないだろう紅が両手を頭の後ろに組み、そのまま畳の上に寝転んだ。そもそも広くない佐久の部屋。多くの人数が集まり、窮屈な部屋の中で紅が寝転ぶから、赤の仲間と悠真は体を縮めるしかなかった。最も怯えているのは鶴蔵だった。
「お止めなさいな。はしたない」
野江が紅を叱責したが、色神紅は何も気にする様子も無く台を蹴りながら足を伸ばした。
「仕方ないだろ。真面目な話をして疲れたんだ。少しぐらいくつろいだって良いだろ」
悠真は紅を見て、それが火の国の色神なのだということが信じられなかった。今日、紅に合うまで、色神は高貴な神だと思っていたのに、目の前にいる紅は男勝りで大雑把だ。この人が、色神だと知れば火の国の民の大半は信じる道を失うだろう。そもそも、色神が普通の人間だったということを思えば、紅が男勝りで大雑把なのは仕方ないのかもしれない。彼女はそういう性格なのだろう。
一つ、溜め息をついたのは義藤だった。紅よりも義藤の方が品が良い。
「野江、都南、一つ頼みがあります」
「何だ?」
義藤の申し出に、都南が訝しそうに目を細めた。
「きっと、今日俺は戦います。その前に、一度手合わせを願えませんか?真剣勝負でお願いします」
義藤が畳に手をつき、浅く頭を下げた。
「それだ、面白そうだな」
紅が手を叩いて喜んでいた。