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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤のからくり師(2)

小動物のように隠れてしまった稀代のからくり師を連れ出そうと、佐久が腰を浮かせた。

「ちょ、ちょっと……」

佐久が立ち上がり、大股で歩き、悠真の前を横切り、義藤と遠次の間を通り障子を開いた。

「鶴蔵、待って」

佐久が障子を開くと、そこには散らばった荷物を慌てて道具箱に入れている男がいた。ぼさぼさの髪に、櫛を通したのはいつが最後なのだろうか。田舎者で汚い悠真は、どこか親近感を覚えた。

「すんません、改めて来ますんで」

鶴蔵と呼ばれた男は、慌てて荷物をまとめていたが上手くいかず、慌てれば慌てるほど、手から道具が滑り落ちていく。使い込まれた道具が外廊下に散らばり、彼は道具を汚れた風呂敷に入れようとしていた。

「鶴蔵、お前のことも紹介するから入れ」

膝を立てて座った紅が言い手招きをしたが、鶴蔵は深く頭を下げて信じられない速さで首を横に振っていた。

「あっしには、紅様と同席する資格がありませんので」

極度の緊張家なのか、照れ屋なのか、悠真には分からない。鶴蔵はぼさぼさの頭をぐしゃぐしゃにし、掻いた頭からは埃が落ちた。

「鶴蔵、また私を紅様と呼んだな。赤い前掛けを渡すときに言っただろ。お前は私の信頼できる仲間の一人だと。いい加減、赤を持つ覚悟を持て。紅を支えるのは術士だけでないんだぞ。学者がいて、師がいて、加工師がいて、お前のようなからくり師がいる。だから、私は紅として立っていける。誰が欠けることもならないんだ。周囲に恵まれているのが、私の幸運だ」

紅は子供のように頬を含まらせて、頬杖をつき、鶴蔵は怯えたように身体を縮めた。

「紅も鶴蔵を怖がらせないでよ。気にしなくていいよ。からくりの調子を見て欲しいんだ。ほら、鶴蔵、入りなよ」

佐久は鶴蔵の腕を掴み立たせようとしたが、それでも佐久らしく足を滑らせた。佐久に手を貸したのは、入り口の隣にいた義藤だ。

「気をつけてください」

支えた義藤が一言、佐久に言った。

「ごめん、ごめん。義藤。助かったよ」

佐久は照れたように歪んだ眼鏡を直した。佐久は再び鶴蔵を中へ引き込もうと試みていた。

「ほら、鶴蔵。入って」

「あっしは遠慮させていただきやす」

鶴蔵を立たせようとして、佐久は何度も足を踏み外し、そのたびに近くにいた義藤が支えていた。

「あ、義藤。ありがとね」

佐久はそんなことを言いながら、小動物のようなからくり師鶴蔵を中に入れようと必死になっていた。義藤は困り果てたように溜め息をつき、助けを求めるように都南に助けを求めていた。都南は逃げるように目をそらせていた。紅は手を叩いて笑っていた。

 佐久と鶴蔵の押し問答を部外者の悠真は見ていた。赤の仲間たちは生き生きとしていた。

「いい加減にして!」

大きな声を上げたのは野江だった。野江は彼女らしくない歩き方で紅や悠真たちの前を横切った。困ったように肩をすぼめたのは、都南だった。

「鶴巳、紅が入れって言っているでしょ」

野江は彼を「鶴巳」と呼び、乱暴に彼の腕を掴んで部屋に引き入れた。彼はばらばらと道具を辺りに散らばせて、遠次と義藤の間に座った。義藤がそっと鶴蔵の背中を叩いていたのを悠真は見逃さなかった。

「紹介するわ。彼は鶴巳。通称鶴蔵。空挺丸を作り出した、稀代のからくり師よ」

鶴蔵は困ったように頭を掻いた。埃がばらばらと畳みに落ちた。

「あっしは鶴巳。鶴蔵と呼ばれています。はい。鶴蔵って言うのは、あっしが紅城へ雇用されるときに名前を鶴三と間違えて書類に書いて、そいで字が変わって鶴蔵です。はい。今じゃ、鶴巳と呼ぶんは野江だけです。どうか、鶴蔵と呼んでください」

鶴蔵は口ごもりながら話し、怯えるように畳に額をつけた。拍子に台に頭をぶつけ、鶴蔵を起こすように義藤が手を貸していた。鶴蔵の声は耳をそばだてなければ聞こえないような声。それが鶴蔵の話し方。間違いなく鶴蔵は小さな生き物のような存在だった。野江が溜め息をついた。

「鶴巳は稀代のからくり師よ。からくりの道ならば、右に出る者はいないわ。湯をわかすのに便利な、このからくりも鶴巳が発明したものなの。鶴蔵がいるから各地に散る下緋たちは、安全に職務をこなすことが出来ているのよ。もちろん、中央に残る術士や、あたくしたちも同じ。からくりが、紅の石の使い方の幅を大きく広げて、あたくしたちの生活を支えているの」

野江は、まるで自分のことのように鶴蔵を説明していた。悠真は野江だけが鶴蔵を鶴巳と本名で呼ぶ。それが二人の距離を示しているように思えた。思えば、鶴蔵のことを話すとき、野江の雰囲気がいつもと異なる。落ち着いた大人の雰囲気が、心なしか崩れるのだ。

 けらけらと紅が楽しそうに笑った。

「野江は鶴蔵のこととなると、自分のことのように話すなあ」

野江をからかって楽しんでいるようだった。

「紅、いい加減にしてください。あたくしを怒らせないでくださいな」

野江が紅に答えて、席に戻ろうとした。

「すんません、すんません。また、野江に迷惑をかけてしまったっす。すんません」

鶴蔵が頭を掻きながら、お辞儀をしていた。鶴蔵は野江のことを気安く名で呼ぶ。佐久にはきちんと敬称を付けていたにも関わらずだ。

「そんなに頭を下げないの」

「すんません」

鶴蔵は頭を掻きながら俯いた。鶴蔵の目は長い前髪に隠されているが、そもそも俯くことが多い鶴蔵の顔を見ることは難しい。

「頭を掻かない」

「すんません」

鶴蔵は体をすぼめて、出来るだけ小さくなろうとしているようだった。この場の邪魔にならないように、己の存在を消し去ろうとしているようだ。

「小さくならない」

「すんません」

鶴蔵は困り果てたように、畳を見ていた。

「ちゃんと前を見て」

「すんません」

「謝ってばっかりじゃない」

「すんません」

野江と鶴蔵はそんな会話を続けていた。野江の言葉は厳しいようで、少しも鶴蔵を傷つけるような語句を含んでいない。鶴蔵もさほど気にしていないようで、二人の間では当然の掛け合いらしい。悠真はそれを感じながら、野江と鶴蔵を並べてみることが出来なかった。品の高い野江。ぼさぼさ頭の鶴蔵。「月とすっぽん」とはこのことだ。

「続きは後でしてくれ」

遠次が一つ呟き、野江は照れたように何も言わずに俯いた。


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