赤の決意(3)
紅はいくつもの表情を見せる。その中で共通しているのは己の力に自信を持っているということだ。そもそも、色神として生きる以上、自分に自信がないといけないのかもしれない。自分に自信のある紅が警戒し、仲間が一緒にいることを指示したことは、紅が強い危機を感じているということ。紅が危険を感じているから、義藤は囮になると申し出た。命がけで紅を守ろうとする義藤に野江が言った。
「確かに名案かもしれないけれど、下手をすると義藤……あなた死ぬわよ」
野江の言葉は遠慮がない。何かを包み隠すようなこともない。
「そう簡単には負けません」
義藤に迷いは無い。すると都南が楽しそうに言った。
「まさか、義藤が自分から紅と距離を置くようなことを言うなんてね。義藤が紅の隣を離れて、どうするんだ?お前が紅を守るんだろ」
「赤丸が動くなら紅の護衛は問題ありません。彼は、俺以上に強いから」
義藤も頑固だ。佐久が身を乗り出して言った。
「まるで、赤丸を知っているようだね。確かに、赤丸は強い存在であるけれど、赤影の正体や赤丸の正体を知っているのは紅だけでしょ。紅も絶対に話したりしない。赤影や赤丸は裏の存在だからね」
義藤は何も言い返さなかった。「赤影」や「赤丸」が何を指すのか分からないが、紅を守る存在であること、そして誰も正体を知らないことは分かった。紅がけらけらと笑った。
「赤丸のことを探るな。赤丸は、野江とも都南とも、もちろん佐久や義藤とも異なる存在だ。表の世界のお前たちが、裏の世界の赤丸を知る必要はない。――義藤、私の警告は当たるぞ。止めておけ。今回の敵は、村一つを壊滅に追い込み、外部から野江の侵入を阻むことが出来るほどの力を持つ。下手をすると、本当に死ぬぞ」
紅は笑っているのに、その言葉に冗談は無く、返した義藤の言葉も冗談を含まない。
「だからだ。大きな敵ならば、紅を守りきれないかもしれない。歴代の紅のうち、何人が暗殺された?運が良いだけでは生き残れない。二年前だって、下手をしたら紅も死んでいたかもしれないんだ。紅、赤丸を動かすほど警戒しているんだろ。逃げているだけじゃ、何も始まらない。惣爺もそう言ったんじゃないのか?惣爺を殺して、村を一つ滅ぼした奴を野放しには出来ない。もっと大きな被害が出る前に阻止しなければならない。どんな危険があっても、どんな犠牲を払っても。その犠牲が俺であっても、紅は犯人を捕らえて罪を明らかにしなきゃいけない。本当は、分かっているんだろ」
しばらく沈黙が続いた。義藤の思いがけない言葉に、誰も何も言えない。もちろん、義藤を苦手としている悠真であっても、義藤の言葉は受け入れがたい。目の前にいる人物が、死ぬかもしれないということを容易く受け入れることなど出来ない。囮になって確実に死ぬわけじゃない。そう分かっていても、この場の雰囲気がそう告げていた。歴代最強の陽緋野江。朱将として朱軍を率いる都南。陽緋に匹敵する力を持つ佐久。そして、次の陽緋とも朱将とも呼ばれる義藤。彼らが揃っても、面と向かって敵と戦い勝つことは出来ない。田舎者の悠真には分からない政治的戦略や、工作があるのだろう。
「紅、それしかないよ」
佐久が一番に口を開いた。佐久は義藤の申し出を、紅に受け入れるように言ったのだ。そしてゆっくりと佐久は続けた。
「紅、聴くんだ。もし、今日を乗り越えたとするよ。それでどうなる?僕たちはいつまでも敵の尻尾をつかめないんだ。次は、どんな犠牲が出る?どんなことをされる?――確かに危険だよ。義藤一人では手が足りないかもしれないし、下手をすれば義藤が命を落とすかもしれない。それでも、これしかない」
誰も否定しない。紅たちは敵の正体を知らない。誰も知らない。悠真は一体何をするために紅城に来たのだ?悠真は、祖父を、惣次を、村の人たちを殺した人に復讐をするために紅城までやってきた。田舎者と避難されても、小猿と馬鹿にされても、紅を憎むことになっても、悠真の信念は揺るがない。義藤は一人で敵と会う。それは千載一遇の好機。無力で何の伝手もない悠真が、強大な敵の正体を知る好機。悠真の復讐の相手が紅でないならば、本当の敵の正体を悠真は知らなくてはならない。