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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と来訪者
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藤色の潜入(12)

 赤に対し、畏怖の念を抱いている守衛らは、只の赤い財布に怯えていた。財力の象徴を目の当たりにしたのだ。

「何、とって喰うつもりなんてねえさ。ちょいと、官府の中ってやらを見学してみたくてな」

義藤は金子を赤い財布に入れると、懐に入れた。

「ちょ、ちょっとお待を!」

刀を突きつけられていない守衛が、逃げるように中へ入っていった。

「秋幸、もういいぞ」

義藤が言うと、秋幸はそっと刀を戻した。紅は、赤に怯える様子が可笑しいのか、けらけらと笑っていた。

「さあ、中の見学をさせてもらうか」

義藤は言い、残る守衛を振り切るように官府の中へ足を向けた。

「ちょっと、お待ちを!」

守衛が必死に職務を遂行しようと、歌舞伎者藤丸にすがった。しかし、義藤は止まるつもりはない。職務をこなそうとする真面目な守衛は嫌いでないが、ここで誰かに付きまとわれては官府の中を自由に動けない。それは避けたかった。もしかすると、この守衛は家族を養っているのかもしれない。ここで義藤らを通せば、職を失うかもしれない。この守衛のことは気の毒に思うが、今の義藤に他人を気遣う余裕は無い。もし、職を失えば、何とか他の仕事への口利きをしてやらなくてはならない。義藤はそんなことを思いながら、強引に足を進めた。

「ちょっと、お待ちを!」

再び、守衛が義藤の腕にすがりつき、止めようとしたとき、聞き覚えのある声が扉の奥から聞こえた。

「止めんか!」

高圧的な声。つい、先刻耳にした声だった。


――瑞江寿和。


義藤は、その声を覚えていた。


 瑞江寿和は、黒の襲撃があった際、野江を罵倒し、紅に暴言を吐いた。大した力も無いのに、権力だけを誇示する男だ。義藤は、瑞江寿和に対して良い印象を持っていなかった。加えて、義藤だけでなく、紅も瑞江寿和に顔を知られている。理想の紅像のときも知られているかもしれない。先刻も、服が違うだけで紅と寿和は顔を合わせている。義藤の背に、嫌な汗が流れた。「止めろ」と言うのは、誰に対してのことなのか。

「瑞江様!」

守衛が助けを求めるように、寿和を呼んだ。

「その方の手を離せ!」

寿和が「止めろ」と言ったのは、守衛に対しての言葉だった。


――なるほど。


義藤は内心笑った。寿和は、権力に弱い。赤を持つだけの財力が魅力的なのかもしれない。

「赤を持つほどの御方じゃ。その汚い手を離さんか!」

寿和は守衛を罵倒した。守衛は怯えて手を離した。この官府には千ほどの官吏がいるはずだが、もしかすると瑞江寿和は、それなりに名を知られているのかもしれない。

「失礼をいたしました」

野江や都南に対して、あれほどまでに高圧的だった寿和は、いそいそと歌舞伎者藤丸に頭を下げた。自尊心が高いはずなのに、藤丸に頭を下げるということは、もしかすると藤丸の財力を利用しようとしているのかもしれない。寿和に使われることは、気分良くないが、官府へ潜入できるなら、それはそれでよかった。後は、適当なところで逃げれば良いのだから。

「あなたは……」

寿和は何とも言えない表情をしていた。義藤を見て、戸惑っているというところだ。もしかしたら、目の前にいるちりめん問屋の道楽息子が、朱護頭義藤だと気づいたのかもしれない。義藤の心臓は、不安で強く脈打ったが、寿和はそれ以上踏み込まなかった。だから、義藤は何も気づかない素振りをして言った。

「何、気にするな。ぐははは」

義藤は、笑った。目の端で紅を見ると、満足そうな紅の顔が見えた。

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