藤色の潜入(9)
さて、とんでもないことに巻き込まれようとしていた秋幸は、どんな反応を示すのか。義藤はどこか楽しみにしていた。
「秋幸、官府の内情を紅城の中にいる者で、最も良く知っているのはお前だ。お前が行かなくてどうする?」
秋幸は少し、戸惑いながら言った。
「こんなことして、大丈夫なんですか?」
紅は、大きなこえで「もちろん」と答えた。それは、そうだ。なにせ、紅なのだから。しかし、紅が言われる嫌味の十倍を義藤は言われるのだから、義藤は大丈夫なんて言えない。野江の嫌味は生命力を削ぐ力を持つと噂するのは、日ごろ野江に嫌味を言われている義藤や都南、佐久の暗黙の了解だ。
「秋幸、野江に手紙を残した。何かあれば、紅が来てくれるだろう。だから気にするな。怒られるなら、俺が先だ。秋幸はさほど怒られないはずだ。それに、紅の言うとおり。秋幸の力が必要なんだ。俺は今、紅の石を持っていない。肝心の柴がいないのだから、仕方ない」
もちろん、秋幸も柴が加工した紅の石を持っていない。しかし、他の加工師が加工した石を持っている。隠れ術士として、加工されていない石で野江や佐久と渡り合った秋幸だ。半端な加工であっても、彼の力を更に引き出すことができる。秋幸は、柔らかく微笑んだ。
「一緒に、連れて行ってください」
秋幸は、紅に頭を下げた。義藤は、秋幸の柔らかな微笑が、どこか忠藤と重なって見えた。
義藤は、そっと手紙を野江の部屋に置いた。野江たちは、義藤が戻ってこないことと、紅の姿が消えたことで、怪しみ始めている。きっと、野江か都南が佐久らを呼びに行き、義藤が来ていないことを知り、いぶかしみはじめているころだ。
「さあ、そろそろ良い時だな」
義藤は風呂敷を持つと、紅城の塀に向かった。ここは、木が塀にせり出し、外に隠れて出るにはもってこいの場所なのだ。塀を越えるために、木に手早く登ると、義藤は木の上から手を下ろし紅に手を向けた。紅の手を引き、木の上に引き上げると、秋幸が最後に木に登った。
「この場所は、悠真が逃げ出した場所だな。誰もが、同じ事を考える。そういうことだな」
紅は木から飛び降り、紅城の外に出ると、大きく背伸びしながら言った。義藤は風呂敷を背負い、最後に秋幸も木から飛び降りた。後は、官府へ向かうだけ。官府は、紅も義藤も足を踏み入れたことのない、未知の場所だ。
三人で並んで歩いていると、紅が少し速足で前に出た。前に出た紅は手を後ろで組んで振り返った。
「それで、どうやって潜入するつもりだ?義藤のことだ。いい変装と設定を考えてくれたんだろ?」
紅はいつも他人任せだ。もちろん、それを長い付き合いだから義藤はそれを知っている。
「俺たちは、地方から来た有力者。俺が出来の悪い奇怪な後取り。二人は、出来の悪い後取りの面倒見。そういうところだ」
言うと、紅が不満そうに頬を膨らませた。
「なんで、義藤が主役なんだ?」
義藤は一つ溜息をついた。
「俺が一番適任だからだ」
言うと、義藤は物陰に入ると、束ねた髪を解いた。加えて、青で隈取をすると適当に右側の横髪を櫛で止めると、風呂敷を開いた。持ってきたのは、女物の内掛け。内掛けを羽織ると、首によく分からない飾りをつけておいた。朱塗りの刀は布で隠し、背に隠した。
これで歌舞伎者の出来上がりだ。